論点 · 応用編Ⅰ

部分準備銀行を認めるか ― 自由銀行派 vs 100%準備派

中央銀行に批判的なオーストリア学派の論者どうしでも、意見がはっきり割れる論点があります。「いつでも引き出せる」と約束した預金に対して、銀行は同額の準備を常時保有すべきなのか。

自由銀行派は、預金者が仕組みを理解したうえで契約するなら、銀行がその資金の一部を貸し出すことも契約の自由の範囲だと考えます。一方、100%準備派は、いつでも全額を引き出せるという約束と、その資金を同時に貸し出すことは両立しないと考えます。

つまり争われているのは、契約の自由をどこまで認めるのか、そして要求払い預金という契約を財産権の観点からどう捉えるのかという問題です。まず現代の銀行が実際にどう動いているのかを正確に押さえたうえで、双方の論拠を見ていきます。

In Short

3つの要点

  • 争点の中心は、要求払い預金など、額面どおりいつでも償還すると約束された銀行債務を、100%の準備で裏付ける必要があるのかという点にある。一定期間引き出せないことを合意した定期性の資金を銀行が貸し出すこと自体は、100%準備派も原則として否定しない。争いは、要求払いの資金を貸し出す契約が有効なのか、というところにある。
  • 「部分準備銀行は現行法上も違法だ」と一般化するのは正確ではない。イギリスでは1848年のフォーリー対ヒル判決が、通常の銀行預金について銀行と預金者の関係を債務者と債権者の関係として明確にした代表的判例である。したがって現代の論争では、「現行法上どう扱われているか」と「どのような法制度が望ましいか」を分けて考える必要がある。
  • 日本の現行制度は、自由銀行派の理想でも100%準備派の理想でもない。銀行には日本銀行の準備預金制度が適用されるが、要求払い預金を100%準備で裏付ける制度ではない。一方で、預金保険制度や日本銀行の「最後の貸し手」機能といった公的なセーフティネットも存在する。自由銀行派の代表的な論者は、こうした制度が市場規律を弱めると批判する。一方、ロスバードなどの100%準備派も、中央銀行に依存した現在の制度を支持しない。
目次
01

何が争われているのか

議論に入る前に、現代の銀行が実際にどのように貸出と預金を生み出しているのかを正確に押さえておきます。ここを間違えると、論争そのものがずれてしまいます。

まず、事実として何が起きているのか

よくある説明はこうです。「銀行は預金者から集めたお金の一部を手元に残し、残りを誰かに貸し出す」。

しかし、これは現代の銀行による貸出の仕組みを正確に表した説明ではありません。

イングランド銀行が2014年に公表した解説は、この点を明確にしています。銀行は、預金者から集めた資金をそのまま別の人に貸し出すだけの仲介者ではなく、中央銀行マネーを一定の倍率で「掛け算」して貸出と預金をつくるわけでもありません。銀行が融資を実行すると、その貸出と同時に新しい預金がつくられます。

たとえば銀行があなたに100万円を融資するとき、既存の誰かの預金100万円をあなたの口座へそのまま移すわけではありません。銀行のバランスシート上で、資産側に100万円の「貸出」、負債側に100万円の「預金」が同時に計上されます。その時点で、銀行預金という形の新しいお金が生まれます。

もちろん、銀行が無制限に貸し出せるわけではありません。自己資本規制や流動性規制、借り手の信用力、信用リスク、資金調達コスト、収益性などの制約があります。また、つくられた預金が他行へ送金されれば、銀行間決済に必要な中央銀行預金なども確保しなければなりません。中央銀行の金融政策も、こうした貸出条件に影響します。イングランド銀行も、銀行の貨幣創造能力にはこうした複数の制約があると説明しています。

では、何が争点なのか

ここで重要なのは、次の点です。

銀行は「いつでも同額を返す」と約束している預金債務の全額を、現金や中央銀行預け金として常時保有しているわけではない。

この意味で、現在の銀行制度は100%準備制度ではなく、一般に部分準備銀行制度と呼ばれます。ただし、これは「一定の準備金をもとに、その何倍かまで機械的に貸し出す」という古典的な貨幣乗数モデルを意味するものではありません。日本でも銀行には準備預金制度がありますが、法定準備率を超える準備も大量に保有されており、貸出額が準備率から機械的に決まる仕組みではありません。

預金者が持っているのは、預けた特定の紙幣そのものに対する所有権ではなく、銀行に対して同額の金銭の支払いを求める債権です。

中央銀行に批判的なリバタリアンやオーストリア学派の論者も、この仕組みをどう評価するかでは一致していません。大きく二つの立場に分かれます。

  • 100%準備派——要求払い預金には100%の準備を維持すべきだと考える。預金者にいつでも全額を支払う義務を負いながら、その資金を別の貸出にも利用することは、要求払い預金という契約や財産権の性質と両立しない、と論じる。代表的な論者にロスバード、ウエルタ・デ・ソト、ヒュルスマンらがいる。
  • 部分準備自由銀行派——預金者が契約内容を理解し、銀行との間で合意しているなら、部分準備も契約の自由の範囲にあると考える。中央銀行や政府保証に依存せず銀行を競争させれば、銀行がどれだけの準備を持つべきかは市場の規律によって決まる、と論じる。代表的な論者にジョージ・セルギン、ローレンス・H・ホワイト、ケヴィン・ダウドらがいる。

争点の中心は、要求払い預金

もう一つ、混同されやすい点を先に片づけておきます。

一定期間はその資金を引き出さないことに合意し、銀行に貸し付けたお金を銀行が運用すること自体は、100%準備派も否定していません。預けた側が期間中その資金を使えないことを受け入れているなら、それは銀行への貸付として理解できます。ウエルタ・デ・ソトも、真正な定期性の資金は要求払い預金とは法的・経済的に異なる貸付だと区別しています。

したがって、100%準備派も、銀行が貸付を行うこと自体を否定しているわけではありません。「銀行は一切貸してはならない」という主張ではない、という点は押さえておく必要があります。

争点の中心になるのは、普通預金や当座預金のように、預金者が額面どおりいつでも引き出せる資金です。

銀行が「いつでも全額を支払う」という債務を負いながら、その全額に相当する準備を常時保有せず、貸出などに利用してよいのか。

このような要求払いの銀行債務を部分準備で運用してよいのか——ここで、100%準備派と部分準備自由銀行派の見解が分かれます。

なぜこれがリバタリアンの論点になるのか

「銀行のことは専門家に任せればよい」と思われるかもしれません。しかし、この論争で問われているのは単なる銀行技術ではありません。契約の自由や財産権といったリバタリアニズムの基本原則を、要求払い預金という契約にどう適用するのかという問題です。

  • 契約の自由——当事者が仕組みを理解したうえで自発的に合意しているなら、その契約に第三者や政府が介入すべきではない。この原則を重視すれば、部分準備の預金契約も認められる、というのが自由銀行派の考え方です。
  • 財産権の保護——100%準備派は、要求払い預金を単なる銀行への貸付とは考えません。預金者がいつでも全額を利用できる契約である以上、その資金を銀行が同時に貸し出すことは、要求払い預金という契約の性質や財産権と両立しない、と考えます。
  • 第三者への影響——100%準備派はさらに、部分準備による信用創造は銀行と預金者だけの問題ではないと考えます。新たな預金貨幣が生み出されれば、それを早く受け取った人が先に支出できる一方、貨幣を後から受け取る人や既存の貨幣を保有している人の購買力が低下するなど、所得や富の分配に影響が及ぶ可能性があります。つまり、当事者どうしが合意した契約であっても、契約に参加していない第三者に影響を与えるなら、本当に当事者だけの問題と言えるのか、という批判です。

これに対して自由銀行派は、部分準備による貨幣供給の増加がすべて過剰な信用膨張になるわけではないと反論します。自由競争のもとで貨幣を保有したいという需要が増え、それに応じて銀行券や預金が増えるのであれば、それはむしろ貨幣の需給を調整し、貨幣価値を安定させる働きをするという考え方です。

したがって、この論争は単純に「契約の自由か、財産権か」という二者択一ではありません。むしろ、

  • 部分準備という契約は、契約の自由によって認められる有効な契約なのか。
  • それとも、要求払い預金の性質や財産権と両立しないため、そもそも有効な契約として成立しないのか。
  • さらに、その契約による信用創造が第三者の購買力や経済全体に影響するなら、それを純粋に当事者間の問題として扱ってよいのか。

こうした問いをめぐって、両派の見解が分かれています。

この対立には長い前史があります。19世紀イギリスの通貨学派(Currency School)と銀行学派(Banking School)の論争は、その重要な源流の一つです。ただし、現在の「100%準備派 vs 部分準備自由銀行派」とまったく同じ論争ではありません。当時の通貨学派が影響を与えた1844年のピール銀行条例は、銀行券の発行には厳しい制約を課しましたが、要求払い預金には同じ制約を課しませんでした。後にミーゼスらは、銀行券と要求払い預金は経済的に同じような役割を果たすとして、この区別を批判しました。

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02

100%準備派 ― 同じ資金を、二人が同時に自由に使えるのか

まず、部分準備を否定する側の議論を見ていきます。

論拠①:要求払い預金は、銀行への貸付なのか

中心にあるのは、要求払い預金という契約を法的にどう捉えるかという問題です。

100%準備派は、「いつでも引き出せる」という条件で預けられたお金を、通常の貸付とは区別します。預金者は一定期間その資金を使う権利を銀行に譲ったのではなく、いつでも同額を受け取れる状態を維持することを銀行に求めている、と考えるからです。

倉庫に荷物を預ける場合を考えると、直感的にはわかりやすいでしょう。倉庫業者が預かった荷物を別の人に貸し出し、「同時に取りに来る可能性は低いから大丈夫」と言ったとすれば、預けた側は「それでは保管とは言えない」と考えるでしょう。

ただし、貨幣の場合には、預けた紙幣そのものを返す必要はありません。問題になるのは、同額の貨幣をいつでも利用できるという権利を誰が持つのかです。

ウエルタ・デ・ソトは、銀行が要求払い預金をもとに貸出を行うと、同じ金額について二重の利用可能性が生じると批判します。預金者は自分の預金をいつでも使えると考えている一方、その貸出を受けた借り手も同じ金額を使えるようになるからです。100%準備派から見れば、一つの資金について二人が同時に完全な利用可能性を持つことはできない、ということになります。

ロスバードも同様に、要求払い預金を貨幣に対する「倉庫証券」に近いものとして捉え、100%の準備を超えて発行された預金を、裏付けのない倉庫証券になぞらえて批判しました。

ここで争われているのは、要求払い預金の性質そのものです。100%準備派は、それを通常の貸付とは異なり、預金者がいつでも同額の貨幣を利用できることを保障する契約だと考えます。これに対して、次節で見る自由銀行派は、この前提自体を認めません。預金者が銀行に対する債権を取得する契約だと理解し、その条件に双方が合意しているなら、銀行が資金を運用しても矛盾はないと考えます。

銀行取り付けは、この違いが実際の問題として表面化しうる局面の一つです。多くの預金者が同時に現金などへの交換を求めれば、100%の準備を保有していない銀行は、自らの準備だけではすべての要求に直ちに応じられません。100%準備派は、これを部分準備銀行が抱える構造的な問題の表れだと考えます。

論拠②:信用膨張が景気循環を生む

第二の論拠は経済学的なものです。ロスバードやウエルタ・デ・ソトら100%準備派は、オーストリア学派の景気循環論を部分準備銀行にも適用します。

人々が実際に貯蓄を増やしたわけではないのに、銀行が新たな信用を生み出して貸し出せば、市場の利子率は、人々の時間選好と自発的な貯蓄に対応する水準より低く押し下げられると考えます。ミーゼスも、追加的な信用が貸出市場に流れ込むと、市場利子率が信用膨張のない場合に成立した水準から乖離すると論じています。

利子率は、企業にとって投資期間や事業の採算性を判断する重要な信号です。利子率が信用膨張によって低くなれば、それまで採算が合わなかった、より長期的で資本集約的な投資まで有利に見えるようになります。ところが、信用が増えても、それに対応する実物の貯蓄や資本財が増えたわけではありません。ミーゼスは、このため企業家の計算が歪められ、本来なら実行されなかった投資が始められると説明します。

やがて、こうした投資のすべてを完成させるだけの実物資源が存在しないことが明らかになります。信用膨張が止まったり、利子率や費用が上昇したりすると、それまで利益が出るように見えていた投資の一部が誤投資(malinvestment)だったことが表面化し、縮小や清算を迫られます。100%準備派は、この調整過程を不況の中心的なメカニズムと考えます。ミーゼス自身も、信用膨張によるブームの本質を単なる「過剰投資」ではなく、誤った方向への投資だと説明しています。

ここで重要なのは、この立場では、中央銀行の存在は景気循環を起こすための必要条件ではないという点です。部分準備銀行が、事前の自発的貯蓄に裏付けられない信用を拡張すれば、自由銀行制度のもとでも同じ問題は起こりうる、と100%準備派は考えます。

ただし、中央銀行がなければ、銀行間の決済や準備流出によって信用膨張にはより早く限界が来るとも認めています。ウエルタ・デ・ソトも、中央銀行の支援がない自由銀行制度では信用膨張はより早く止まる一方、それでも部分準備銀行による信用膨張そのものが生産構造を歪めうると論じています。

したがって100%準備派の主張は、「中央銀行が景気循環を生む」のではなく、「貯蓄に裏付けられない信用膨張が景気循環を生み、中央銀行はそれをより大規模かつ長期にわたって可能にする」というものです。

論拠③:購買力の移転

第三に、倫理的な論点があります。

新たに作られた信用は、経済全体に一様・同時に入るのではありません。まず銀行と借り手のもとに現れ、そこから順に広がっていきます。

受け取る順序が違えば、直面する価格も、収入が動く時期も違います。結果として、相対価格と所得の分配に偏りが生じる——これがカンティロン効果として論じられてきた点です。

つまり信用の創造は、目に見えにくい形で購買力の配分に影響する仕組みだ、という指摘です。

では、どうすべきなのか

100%準備派の処方箋は明快です。要求払いの預金には全額の準備を義務づけ、貸付をしたければ期限の定まった契約で行う。銀行は「預かり業務」と「貸付業務」に分離されます。

ウエルタ・デ・ソトの『通貨・銀行信用・経済循環』は、この主張をローマ法にまでさかのぼって展開した大著です。日本語版は蔵研也の訳で読めます。

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03

自由銀行派 ― 競争が準備率を規律する

次に、部分準備を擁護する側です。

注意しておきたいのは、自由銀行派は現在の銀行制度を支持しているわけではないという点です。彼らが求めるのは、中央銀行も、政府による預金保証も、最後の貸し手もない世界での銀行競争です。現行制度は、彼らの理想からもきわめて遠い。

論拠①:知らされていれば、詐欺ではない

第一の反論は、契約の性質についてです。

自由銀行派は、そもそも要求払い預金を「貨幣の保管」とは考えません。預金者が持っているのは特定の貨幣の所有権ではなく、銀行に対していつでも同額の償還を求められる債権である、と捉えます。

この理解に立てば、預金者が資金の使用を銀行に認め、その見返りとして利息やサービスを受け取っているなら、そこに欺きはありません。それは倉庫の契約ではなく、償還条件のついた債権契約です。

ここが対立の根です。100%準備派は「保管」と捉え、自由銀行派は「債権」と捉える。同じ制度を見ながら、当事者が持つ権利の性質をどう理解するかで意見が分かれています。

自由銀行派から見れば、100%準備派の議論は契約の中身を当事者ではなく理論家が決めていることになります。それは契約の自由に反する——これが、リバタリアン内部からの強い反論です。

100%準備を法律で義務づけることは、それ自体が契約への介入ではないのか。

論拠②:貨幣需要の変化に、供給が追いつく必要がある

第二は経済学的な論拠で、こちらが理論の中核です。

人々が将来を不安に思い、支出を控えて手元に現金を置きたがるとします。貨幣への需要が増えた状態です。

このとき貨幣の量が固定されていると、社会全体の支出が縮みます。すべての価格と賃金がただちに下がれば実質的な問題は起きませんが、現実には賃金も価格もすぐには下がりません。結果として、売れ残りと失業が生じます。

自由銀行派は、競争的な銀行制度にはこの変化を吸収する働きがあると論じます。仕組みは次のとおりです。

人々が銀行のお金を手元に置いたまま使わずにいると、その銀行に対する兌換・決済の請求は減ります。他行へ流れ出る資金が減るぶん、銀行は発行を増やす余地を得ます。逆に人々が貨幣を手放して支出を増やせば、他行への決済流出が増え、銀行は発行を絞らざるをえません。

つまり貨幣需要の変化が、決済の流れを通じて各銀行に自動的に伝わる——これが自由銀行派の考える調整の経路です。「預金が増えたから貸せる」という単純な又貸しの話ではありません。

セルギンの『自由銀行の理論』(1988年)が、この考え方を体系化しました。

論拠③:競争が過剰発行を規律する

では、銀行が貸出や銀行貨幣の発行を増やしすぎることを、何が止めるのでしょうか。

自由銀行派が重視するのが、他の銀行との競争と銀行間の清算です。

金などの正貨との兌換を約束した銀行券を、複数の銀行がそれぞれ発行している自由銀行制度を考えてみます。ある銀行だけが、顧客が保有したい量を超えて銀行券を発行すると、その余分な銀行券は取引を通じて他行の顧客へ渡ります。他行は受け取った銀行券を清算に回し、発行銀行に対して正貨などの準備資産での決済を求めます。

その結果、需要を超えて発行した銀行ほど準備が流出しやすくなります。準備を失い続ければ、その銀行は貸出や銀行券の発行を縮小せざるをえません。セルギンら自由銀行派は、この「不利な清算(adverse clearings)」が、一つの銀行による過剰発行を抑える重要な市場規律になると考えます。

これは、中央銀行や政府が「準備率は何%にせよ」と上から決める仕組みとは異なります。銀行がどれだけの準備を持つべきかは、顧客の貨幣需要、他行との決済、取り付けのリスクなどに対応しながら、各銀行自身が判断する。判断を誤れば、準備流出や損失、場合によっては破綻という形で市場から罰を受ける。これが自由銀行派の考える規律です。

では、この市場規律を弱めるものは何でしょうか。

自由銀行派の論者は、公的な預金保険や中央銀行による広範な救済への期待が、その一因になりうると批判します。預金者が銀行の健全性を十分に気にしなくても預金が保護され、銀行側も深刻な資金不足の際には公的支援を受けられると期待すれば、預金者による銀行の選別や銀行自身の慎重なリスク管理が弱まり、モラルハザードが生じる可能性があるからです。ホワイトやセルギンらは、公的な預金保険や最後の貸し手機能がこうした市場規律を弱めうることを論じています。

ミーゼスはどちらなのか

ここで、特に誤解されやすい点を扱っておきます。

ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、100%準備派からも部分準備自由銀行派からも引用されます。実際、ミーゼスの著作には、両派がそれぞれ重視する記述があります。そのため、現在の二つの立場のどちらかに単純に分類するのは容易ではありません。

ミーゼスは、正貨によって100%裏付けられていない貨幣代用物をフィデューシャリー・メディア(fiduciary media)と呼び、その増加による信用膨張が市場利子率を歪め、景気循環を引き起こすと論じました。『ヒューマン・アクション』でも、追加的なフィデューシャリー・メディアの発行は、量が小さければ影響も小さいものの、景気循環論が扱う価格構造の変化を引き起こすと明記しています。

この点を重視するのが、ロスバードやウエルタ・デ・ソトら100%準備派です。

しかし同じ『ヒューマン・アクション』第17章で、ミーゼスは自由銀行について、次のように述べています。

信用膨張に内在する危険を防ぐために利用できる唯一の方法は、自由銀行である。

さらに、自由銀行は、財務状況について必要な情報を公開する慎重な銀行による、きわめて狭い範囲での緩やかな信用膨張までは妨げないとも述べています。そして、大規模な信用膨張を通常の経済現象にしてしまうことを防ぐには、自由銀行こそが有効だと論じています。

つまりミーゼスは、信用膨張を景気循環の原因として強く批判する一方、それを抑える制度として政府による銀行統制ではなく自由銀行を高く評価していました。しかも、自由銀行のもとでも、ごく限定されたフィデューシャリー・メディアと信用膨張が残りうることを明示しています。

ここから先の解釈が分かれます。100%準備派は、ミーゼスが信用膨張を原理的に有害と考え、フィデューシャリー・メディアを極力制限しようとした点を重視します。一方、部分準備自由銀行派は、ミーゼスが100%準備を政府に強制させるのではなく、自由銀行による市場規律を明確に支持した点を重視します。

ミーゼスを現在の「100%準備派」と「部分準備を認める自由銀行派」のどちらに分類すべきかについては、オーストリア学派内部でも解釈が分かれています。重要なのは、ミーゼス自身が「大規模な信用膨張への反対」と「自由銀行の支持」を同時に主張していたことです。

ハイエク ― 通貨そのものを競争させる

この対立とは少し異なる方向から、ハイエクは晩年、通貨の発行そのものを競争に委ねる構想を示しました。1976年の『Denationalisation of Money(貨幣発行自由化論)』です。同書は政府による貨幣発行の独占を廃止し、競争する通貨を認めることを提案したもので、1978年には改訂版が刊行されています。

ハイエクの構想では、民間の銀行などがそれぞれ独自の通貨を発行し、人々はどの通貨を使うかを自由に選びます。発行者には、自らの通貨が選ばれ続けるよう、その購買力を安定させる強い誘因が生まれる——市場競争によって通貨の質を規律しよう、という発想です。

これは、セルギンやローレンス・H・ホワイトが論じる典型的な自由銀行制度とは少し違います。彼らの自由銀行論では、複数の銀行が共通の基礎貨幣——たとえば金——に兌換できる銀行券や預金を競争的に発行することが想定されます。これに対してハイエクの晩年の構想では、発行者ごとに異なる通貨そのものが競争します。したがって、準備率を何%にするかという問題を超えて、「そもそもどの通貨を人々が選ぶのか」という次元へ競争を広げた構想だといえます。

ただし、ハイエクの貨幣・銀行論を、生涯を通じて一つの立場に分類するのは容易ではありません。1925年の初期論文「Monetary Policy in the United States After the Recovery from the Crisis of 1920」では、商業銀行信用の変動を抑えるため、銀行債務の追加的な増加分に100%の準備を求める「100%限界準備(100 percent marginal reserve requirement)」に相当する案を提示していたことが、ローレンス・H・ホワイトによって指摘されています。

ここで重要なのは、これは銀行債務全体に100%準備を求める提案ではなく、新たに増加する銀行債務を100%の準備で裏付けるという案だったことです。その意味では、現在のロスバード型100%準備論とまったく同じではありません。

しかも同じ1925年の論文には、中央銀行よりも、独立して自己責任で経営される民間銀行のほうが過剰な信用拡張を抑えうるという議論もありました。ホワイトは、ハイエクがこの時点ですでに、中央銀行が銀行を流動性危機から救済することで過剰信用への誘因を強める可能性を指摘していたことを紹介しています。

したがって、若いハイエクの100%限界準備案と、晩年の競争通貨論をあわせて見ると、ハイエクを単純に「100%準備派」あるいは「部分準備自由銀行派」と分類するのは適切ではありません。一貫していたのはむしろ、銀行信用や政府による貨幣独占がもたらす問題をどう抑えるかを問い、その制度的な解決策を模索し続けた点だと考えるほうがよいでしょう。

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04

法はどう扱ってきたか ― ローマ法と1848年の判決

この論争は、しばしば法律の話として争われます。「そもそも預金とは法的に何なのか」という問いです。

100%準備派の依拠する法理

ウエルタ・デ・ソトは、ローマ法にまでさかのぼって議論を組み立てます。

ローマ法では、物を保管してもらう寄託(depositum)と、消費できる物を相手に渡し、後に同種・同量の物を返してもらう消費貸借(mutuum)が区別されていました。

デ・ソトはさらに、貨幣のような代替可能な物を寄託する不規則寄託(depositum irregulare)についても、寄託である以上、預けた側がいつでも同種・同量の貨幣を利用できる状態を維持することが契約の本質だと解釈します。したがって、銀行がその資金を貸し出しながら、預金者にも同時に全額をいつでも利用できると約束することは、寄託契約の性質と両立しない、と論じます。

ただし、このローマ法解釈そのものにも議論があります。現代のローマ法研究では、古典期に depositum irregulare がどこまで独立した法制度として成立していたのか、その場合に所有権や使用権が誰に移ったのかなどについて見解が分かれています。ウィリアム・ゴードンも、古典ローマ法に一定の根を認めつつ、明確な独立制度として扱うことには慎重な見方を示しています。

したがって、ここで重要なのは、100%準備派がローマ法の不規則寄託をどのように解釈し、そこから現代の銀行預金を批判しているかという点です。

しかし、現行法では通常そう扱われていない

一方、少なくとも現在のイギリス法では、通常の銀行預金は、銀行が預金者の貨幣をそのまま保管する関係とはされていません。

その法的性質を明確にした代表的な判例が、1848年の貴族院判決フォーリー対ヒル(Foley v Hill)です。

この判決は、通常の銀行取引における銀行と預金者の関係を、債務者と債権者の関係としました。銀行に払い込まれた金銭は預金者の特定財産として保管されるのではなく、銀行の金銭となり、銀行はそれを自らの業務に利用できます。その代わり、銀行は要求されたときに同額を支払う債務を負います。判決は、銀行と顧客の関係は信託的な関係ではなく、銀行は預金額について債務者であると明確に述べています。

日本法でも、銀行預金は一般に金銭消費寄託として理解されています。民法666条は、消費寄託について、受寄者が寄託物を消費することを認め、その代わりに「種類、品質及び数量の同じ物」を返還する義務を定めています。同条3項では、預金または貯金に係る契約により金銭を寄託した場合についても明示的に規定されています。

ただし、日本の預金契約がすべて純粋な消費寄託だけで構成されているわけではありません。たとえば当座預金は、金銭消費寄託に決済などの委任的要素が加わった複合的な契約と理解されています。

「部分準備銀行は現行法上も違法である」と一般化するのは正確ではありません。イギリス法では通常の銀行預金は債権債務関係として構成され、日本法でも銀行が受け取った金銭を利用し、預金者が同額の返還を請求するという法的構造が認められています。つまり、100%準備派が提起している核心的な問いは、「現在の法律はどうなっているのか」ではなく、「要求払い預金を、本来どのような契約として法的に認めるべきなのか」という、あるべき法の問題です。

100%準備派からの再反論

もちろん、100%準備派もこの判決を知っています。彼らの応答は、次のようなものです。

裁判所がそのような法的構成を認めたことと、それが正しい法理であることは別だ。

100%準備派から見れば、フォーリー対ヒル判決は、すでに広く行われていた銀行実務を法的に承認したものであって、要求払い預金の本来の性質が何であるかを決着させるものではありません。実際、1848年以前から、銀行預金を銀行への貸付とみなす法的理解はすでに存在していました。フォーリー対ヒルは、それをイギリス法上明確にした代表的判例の一つです。

ウエルタ・デ・ソトはさらに広い歴史的な観点から、部分準備銀行は、銀行家が預金者の資金を利用する慣行を始め、それがやがて政府によって法的に認められ、特権として制度化されてきたものだと批判します。彼にとって問題なのは、部分準備が現在合法かどうかではなく、その合法化そのものが財産権の原則に反しているのではないかという点です。

この応答には一貫した論理があります。ただし、ここまで来ると争点は、現行判例をどう読むかという問題よりも、要求払い預金をどのような契約として法的に認めるべきかという規範論・制度設計の問題になります。

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05

経済学の争点 ― 貨幣需要が増えたとき、供給は追随すべきか

法や契約の議論を離れて、経済学上の重要な争点を一つ取り出してみます。

人々が貨幣をより多く保有したいと考えたとき、それに応じて銀行貨幣の供給も増えるべきなのか。

これは、部分準備自由銀行派と100%準備派を分ける重要な経済学上の対立の一つです。

自由銀行派:貨幣需要に追随すべきだ

自由銀行派は、貨幣需要が増えたのに銀行貨幣の供給が変わらなければ、貨幣の流通速度が低下し、名目支出が減少すると考えます。

価格や賃金が完全かつ即座に調整するなら、その変化は価格の低下によって吸収されえます。しかし現実には調整には時間がかかるため、名目支出の急減が生産や雇用の縮小につながる可能性があります。

そこでセルギンらは、人々がより多く貨幣を保有したいなら、それに応じて銀行券や預金などの銀行貨幣も増えるべきだと考えます。これが彼らのいう「貨幣的均衡(monetary equilibrium)」の考え方です。セルギンは、貨幣供給が公衆の貨幣需要を上回りも下回りもしない状態を重視しています。

そして、その調整を中央銀行が上から行う必要はないとも考えます。中央銀行が経済全体の貨幣需要を正確かつリアルタイムに直接把握して、それに合わせて供給を微調整するのは難しい。一方、競争的な銀行制度では、人々が銀行券や預金をどれだけ保有し、どれだけ決済に使うかという行動が、銀行間の清算や準備流出を通じて各銀行に伝わります。

つまり、中央の政策当局が「適切な貨幣量」を決めるのではなく、分散した個々人の貨幣需要が市場の決済過程を通じて銀行へ伝わり、供給を調整するという発想です。これは、知識が社会に分散していることを重視したハイエクの知識論とも親和的な考え方です。

100%準備派:貨幣量を増やす必要はない

100%準備派の答えは異なります。

貨幣需要が増えたからといって、それに合わせて新たな貨幣的請求権を作り出す必要はない。貨幣をより多く持ちたい人が増えれば、既存の貨幣の購買力が上昇し、財やサービスの名目価格が低下することで調整されればよい、と考えます。

ウエルタ・デ・ソトは、交換手段としての貨幣は、その量が多くても少なくても機能できるのであり、貨幣需要の増加に対して新しいフィデューシャリー・メディアを供給する必要はないと批判しています。

この立場は、物価の下落そのものを一律に悪い現象とは考えません。とりわけ、生産性の上昇によって同じ財をより少ない資源で作れるようになり、その結果として価格が低下することは、経済成長の利益が消費者に及ぶ正常な現象だと考えます。セルギン自身も、生産性上昇による価格低下を容認する「productivity norm」を擁護しているので、ここは実は両派に一定の共通点もあります。

両派が決定的に分かれるのは、貨幣需要の増加に応じて銀行が新しい信用を作ることを、正当な調整とみなすかどうかです。

100%準備派は、「貨幣をより多く保有したい」という意思と、「現在の財を一定期間手放して投資家に貸したい」という意思は同じではない、と反論します。貨幣需要の増加に合わせたつもりでも、銀行が新しい信用を貸出として供給すれば、その信用は特定の企業家や投資家のもとから経済に入ります。それが事前の自発的貯蓄に裏付けられていなければ、利子率を歪め、誤投資を生む可能性があるというのがウエルタ・デ・ソトらの批判です。

つまり、争点はこうです。

  • 貨幣を持ちたいという需要の増加は、銀行が新しい信用を供給してよいというシグナルなのか。
  • それとも、単に既存貨幣の購買力と価格が調整されるべき現象なのか。

ここで両派の経済学が大きく分かれます。

争点の核心

両者の対立は、次のように整理できます。

論点100%準備派部分準備自由銀行派
要求払い預金の性質いつでも同額を利用可能にしておくべき寄託銀行に対する要求払いの債権
部分準備は正当か契約内容を説明しても、要求払い預金の性質・財産権と両立しない内容を明示し、当事者が合意していれば正当な契約
貨幣需要が増えたら貨幣の購買力と価格が調整すればよい銀行貨幣の供給も需要に応じて増えるべき
信用膨張の評価貨幣需要に対応していても、貯蓄に裏付けられない信用拡張は利子率を歪める貨幣需要に対応した信用拡張は均衡を保つ。需要を超えた過剰発行が問題
何が銀行を規律するか財産権・契約法にもとづく100%準備原則銀行間の清算・兌換、顧客の選択、破綻リスク
中央銀行制度批判的批判的
公的な預金保険・銀行救済批判的批判的
ミーゼスをどう読むか信用膨張・フィデューシャリー・メディアへの批判を重視自由銀行による市場規律の支持を重視

表の下のほうに注目してください。中央銀行制度や公的な銀行救済に批判的である点では、両派の代表的な論者はかなり重なっています。争っているのは、それらを取り払ったあとに、部分準備銀行を認めるのか。そして、貨幣需要に応じた信用創造を市場の正常な調整とみなすのか、という点です。

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06

歴史は答えを出しているか

この論争では、しばしば歴史上の事例が持ち出されます。中央銀行を持たず、民間銀行が競争的に銀行券を発行する制度は、実際に安定して機能したことがあるのか。

スコットランド(1716年〜1845年)

自由銀行派が代表的な事例として挙げるのが、18世紀から19世紀前半のスコットランドです。

Bank of Scotlandが持っていた銀行券発行の独占は1716年に失効し、その後、複数の銀行が参入して独自の銀行券を発行しました。スコットランドにはイングランド銀行に相当する独自の中央銀行はなく、1845年に銀行券発行への新規参入が閉ざされるまで、比較的自由な銀行制度が続いたとされています。

この制度には、いくつか特徴がありました。多くの銀行では株主が無限責任を負い、銀行は広い支店網を発達させ、さらに銀行券を銀行間で交換・清算する仕組みが形成されました。こうした清算制度では、ある銀行が需要以上に銀行券を発行すれば、その銀行券が他行を経由して戻ってきて準備の支払いを求められるため、過剰発行を抑える市場規律が働くと自由銀行派は考えます。

ローレンス・H・ホワイトは1984年の Free Banking in Britain: Theory, Experience, and Debate, 1800–1845 で、このスコットランドの経験を、自由銀行が現実に機能しうる重要な歴史的事例として取り上げました。

ただし、この評価には強い反論があります。

ロスバードらは、スコットランドの銀行は本当にイングランド銀行から独立していたのかと疑問を呈しました。スコットランドの銀行はロンドンに流動性資産や決済手段を持ち、危機時にはロンドンの金融市場やイングランド銀行から間接的・直接的な支援を受けることがありました。

とりわけ1797年は重要です。フランスとの戦争と金融不安のなかでイングランド銀行が金兌換を停止すると、スコットランドの銀行も正貨兌換を停止しました。この停止はスコットランドに直接課されたイングランドの法令によるものではありませんでしたが、実際にはスコットランドの銀行もイングランド銀行に追随しました。

そのため100%準備派などからは、「スコットランドは中央銀行から完全に独立した純粋な自由銀行制度だったのか」という批判が出ています。

一方、自由銀行派は、こうしたロンドンとの関係があったとしても、スコットランド国内では銀行への参入、銀行券発行、支店展開、銀行間清算などに強い競争が存在しており、中央銀行によって日常的に管理された現代型の銀行制度とは大きく異なっていたと反論します。

したがって、スコットランドの経験は、自由銀行が成功したことの決定的な証明でも、失敗したことの決定的な反証でもありません。何を「自由銀行」と定義し、イングランド銀行との関係をどこまで制度の一部とみなすかによって、その評価は変わります。

カナダ(19世紀後半〜1935年)

より印象的な比較が、カナダとアメリカです。

カナダには1935年まで中央銀行がなく、比較的少数の銀行が全国に広い支店網を持つ銀行制度が発達していました。カナダ銀行自身も、中央銀行設立以前には、少数の銀行が各地に支店を設け、銀行券の発行や小切手の清算を担っていたと説明しています。

そして、1930年代の大恐慌のあいだ、カナダでは銀行の破綻が一件も起きませんでした。

これに対してアメリカでは、連邦準備制度の統計によれば、1930年から1933年の4年間に9,096件の銀行営業停止(bank suspensions)が記録されています。1930年1,350行、1931年2,293行、1932年1,453行、1933年4,000行です。

この規模はきわめて大きなものでした。ただし、ここでいう「営業停止」は必ずしもすべてが最終的な破綻を意味するわけではありません。とりわけ1933年には全国的な銀行休日があり、再開許可を得られなかった銀行なども統計上の「suspension」に含まれています。したがって、9,096行がすべて永久に破綻した、と読むのは正確ではありません。

この時期のアメリカで何が起きていたのかは 大恐慌は市場の失敗だったのか で詳しく扱っています。

カナダの実体経済そのものが軽傷だったわけではありません。大恐慌による生産の落ち込みはカナダでも非常に深刻で、米国と共通する大きな経済ショックを受けていました。それでも、銀行システムは米国のような大規模な破綻連鎖を経験しませんでした。

ただし、この対比を「カナダには中央銀行がなかったから」とだけ説明することはできません。

銀行史の研究でとくに重視されているのが、全国規模の支店銀行制度による地域分散です。カナダの大銀行は複数の地域に支店を持っていたため、特定地域の農業不況や貸倒れの影響を他地域の事業によって分散できました。ボルド、レディッシュらの研究も、カナダの全国的な支店網と銀行統合による地域分散を、その高い安定性を説明する重要な要因としています。

一方、当時のアメリカでは、連邦法と州法によって支店銀行が大きく制約されていました。多くの銀行は一つの地域・一つの店舗に依存する「unit banking」であり、その地域の農業や産業が打撃を受けると、リスクを地理的に分散することが難しかったのです。1927年のマクファデン法も、国法銀行の支店展開を基本的に各州が州法銀行に認める範囲に制限していました。

したがってカナダの経験が示唆するのは、単に「中央銀行がなくても銀行は安定する」ということだけではありません。支店規制、銀行の地理的分散、銀行の規模や競争構造など、制度設計そのものが金融システムの安定性を大きく左右するということです。

アメリカの「自由銀行時代」(1837年〜1863年)

アメリカにも「自由銀行時代(Free Banking Era)」と呼ばれる時期があり、しばしば「民間銀行が自由に銀行券を発行した結果、乱発と破綻を招いた失敗例」として引かれます。

しかし、ここでいう「自由銀行」は、現在の自由銀行派が理論上想定する、規制のない銀行制度と同じものではありません。

1830年代以降、いくつかの州で制定された自由銀行法は、それまで銀行設立のたびに議会から個別の特許を得る仕組みを改め、一定の条件を満たせば比較的自由に銀行へ参入できるようにしました。この意味での「自由」は、主として銀行設立への自由参入を指していました。

一方で、銀行券の発行には強い規制がありました。自由銀行法を採用した州では、銀行券を発行するために、州債や連邦債など指定された債券を州当局へ担保として差し入れることが求められました。発行できる銀行券の量も、その担保に結びつけられていました。

そのため、銀行券の安全性は銀行自身の貸出判断や資産内容だけでなく、担保として保有を義務づけられた政府債券の価格にも左右されました。

実際、自由銀行時代の銀行破綻については研究上の議論がありますが、アーサー・ロルニックとウォーレン・ウェバーは、銀行破綻が多発した時期と担保債券価格が下落した時期が強く重なっていたことを示し、単純な「詐欺的な野良銀行(wildcat banking)が破綻の中心だった」という従来像に疑問を投げかけました。

したがって、「自由に銀行券を発行させたから失敗した」と、この時代をそのまま自由銀行論への反証にすることはできません。自由参入の要素はありましたが、銀行券発行は政府債券を担保とする制度に強く拘束されていたからです。

ただし逆に、これを「本当の自由銀行ではなかったのだから、失敗はすべて規制のせいだった」と断定することにも注意が必要です。銀行破綻や銀行券の割引、金融恐慌が実際に起きたことも事実であり、どこまでを制度規制の結果と評価するかについては研究上の議論が続いています。

歴史から、どこまで言えるのか

ここで、歴史の使い方について一つ歯止めを置いておきます。

スコットランド、19世紀アメリカ、カナダといった代表的な事例の多くは、金や銀などの商品貨幣を基礎とする制度のなかで発達しました。銀行券は最終的に正貨へ交換できることを原則とし、銀行間決済にも商品貨幣が重要な役割を果たしていました。

ただし、「これらの制度では常に金や銀との兌換が維持されていた」という意味ではありません。たとえばスコットランドを含むイギリスでは1797年から1821年まで正貨兌換が停止されました。またカナダは1931年に金との正式なリンクを離れ、その後1935年にカナダ銀行が営業を開始しています。

歴史が比較的強く示しているのは、中央銀行によって日常的に管理されなくても、競争する民間銀行が銀行券や預金を供給する制度は長期間存在しうるということです。一方、現在のような純粋な不換紙幣を基礎とし、中央銀行の準備通貨にも依存せず、複数の銀行が競争的に貨幣を供給する制度については、直接比較できる長期的な歴史経験ははるかに乏しいといえます。歴史は自由銀行が「現代でも必ず機能する」と証明しているわけではありません。しかし同時に、「中央銀行がなければ銀行制度はそもそも成立しない」という主張にも、歴史上の事例は疑問を投げかけています。
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07

日本の現行制度は、どこに位置するのか

この論争は日本の読者にとって遠い話に見えるかもしれません。しかし、日本の現行制度を両派の目から眺めると、議論の違いがよりはっきり見えてきます。

日本の制度は、いまどうなっているか

  • 準備預金制度——対象となる銀行などは、受け入れている預金等の一定割合以上を日本銀行に準備預金として保有することを義務づけられています。現在、銀行の預金に適用される法定準備率は、預金の種類や残高区分によって異なりますが、最大でも1.3%です。しかもこの準備率は、1991年10月以来変更されていません。
  • 法定準備率と、実際の準備は別——銀行が実際に日本銀行へ置いている当座預金は、法定の所要額をはるかに超えています。長年の大規模な金融緩和によって巨額の超過準備が積み上がった結果であって、準備規制が働いた結果ではありません。
  • 預金保険——金融機関が破綻した場合、利息の付く普通預金や定期預金などの一般預金等は、1金融機関につき預金者1人あたり元本1,000万円までと、破綻日までの利息等が保護されます。一方、無利息・要求払い・決済サービスを利用できる、という三つの条件を満たす決済用預金は全額保護されます。
  • 最後の貸し手——日本銀行は、金融機関が一時的な資金不足に陥り、他に資金供給主体がなく、金融システムの安定のために必要な場合には、「最後の貸し手」として資金を供給することがあります。通常は国債等を担保とする貸付ですが、一定の場合には無担保の資金供給や特別な条件での貸付も可能です。

ここで、100%準備制度と一見似ている制度があります。

決済用預金は、金融機関が破綻しても全額が預金保険の対象になります。そのため、「破綻したときにも預金者の名目上の預金額を全額保護する」という点だけを見れば、100%準備制度と似た結果になります。

しかし、仕組みはまったく異なります。

100%準備派が求めるのは、銀行が要求払い預金と同額の準備を平時から保有することです。銀行が破綻してから第三者が補填する仕組みではありません。

これに対して日本の決済用預金は、銀行自身が100%の準備を持っているわけではなく、銀行が破綻した場合に預金保険制度によって預金者を保護する仕組みです。金融庁も、決済用預金については破綻時に預金保険機構が全額を保護する制度として説明しています。

  • 100%準備=破綻前から銀行自身が全額を準備する
  • 決済用預金の全額保護=破綻時に預金保険制度が預金者を保護する

似ているのは「預金者の名目上の預金額を全額守る」という結果の一面であって、銀行制度の仕組みそのものではありません。

現行制度は、どちらの理想でもない

ここに、この論争を知る実践的な意味があります。

日本の現在の銀行制度は、100%準備派の理想でも、部分準備自由銀行派の理想でもない。

日本の現在の銀行制度は、要求払い預金を100%準備で裏付ける制度ではありません。その一方で、部分準備自由銀行派が想定する、市場規律だけに大きく依存した銀行制度でもありません。

自由銀行派の構想では、準備や流動性を減らしすぎたり、需要を超えて銀行貨幣を発行したりした銀行は、銀行間の清算や兌換、顧客の流出、資金調達コストの上昇などによって罰せられます。最終的に経営に失敗すれば、破綻する可能性も引き受けなければなりません。

これに対して現行制度には、預金保険や中央銀行の最後の貸し手機能があります。とくに預金保険によって損失から保護される預金者は、銀行の健全性を詳しく調べ、より安全な銀行を選ぶ動機が弱くなりうると指摘されています。預金保険には銀行取り付けを防ぎ、小口預金者を保護する利点がある一方、市場規律を弱め、モラルハザードを生む可能性もあるということです。

もっとも、市場規律がなくなるわけではありません。預金保険の対象外となる大口預金者やその他の無担保債権者、株主、取引相手、市場参加者などには、銀行のリスクを監視する動機が残ります。また現行制度では、自己資本規制、流動性規制、金融当局による監督などが、市場規律を補完する役割を担っています。預金保険をめぐる標準的な議論でも、大口預金者や株主、無担保債権者による監視が重要な役割を果たす一方、モラルハザードを抑えるには規制・監督による補完が必要だと整理されています。

したがって、両派から見ると日本の現行制度への批判は異なります。

100%準備派から見れば、要求払い預金に対する準備が100%ではないこと自体が問題です。

一方、部分準備自由銀行派から見れば、部分準備そのものではなく、預金保険や中央銀行による公的な安全網によって、銀行経営を規律する市場からの圧力が弱められていることが問題になります。

ただし、最後の貸し手機能は単純な「損失の肩代わり」ではありません。日本銀行は、一時的な資金不足に陥った金融機関に対し、システミック・リスクを防ぐために必要な場合に資金を供給する制度だと説明しており、通常は担保を取った貸付です。

両派は異なる理由から現在の制度を批判します。そして部分準備そのものの是非とは別に、預金保険や中央銀行の安全網によって失われる市場規律と、それによって得られる金融安定をどう評価するかという、もう一つの論点が生まれます。

この論争の決着を待たずに検討できること

ここまで見てきたように、100%準備派と部分準備自由銀行派では、最終的に目指す銀行制度が大きく異なります。また、両派の代表的な論者には、中央銀行制度や公的な銀行救済そのものに批判的な人も多くいます。

したがって、以下は「両派が共通して理想とする制度」ではありません。中央銀行と預金保険が現に存在する現在の制度を当面の前提としたときに、市場規律やモラルハザードという観点から検討できる改革論点です。

  • 中央銀行の裁量をどこまでルールで制約するか——中央銀行を存続させるとしても、政策当局の裁量をどこまで認め、どこまで予測可能なルールに従わせるべきか。
  • 「大きすぎて潰せない」という期待を弱める——巨大金融機関であっても、株主や債権者が損失を負担し、経営失敗が自動的に公的救済につながらない仕組みを整える。救済されるとの期待そのものが、市場規律を弱めるからです。
  • 破綻処理を平時から準備し、その実効性を高める——危機が起きてから救済方法を考えるのではなく、重要な業務を維持しながら株主・債権者に損失を負担させる手順をあらかじめ整備しておく。日本でも大規模金融機関について、再建・処理計画やTLAC(総損失吸収力)を利用した秩序ある処理の枠組みが整備されています。
  • 預金保険の保険料に、銀行のリスクをより反映させる——リスクの高い銀行ほど高い保険料を負担する仕組みにすれば、健全な銀行から高リスク銀行への内部的な補助を弱め、モラルハザードを抑える方向に働きます。ただし、銀行リスクを正確に測定することは難しく、リスク連動型保険料にも限界があると指摘されています。
  • 銀行のリスクを比較できる情報を増やす——預金者や債権者、市場参加者が銀行の健全性を判断できるよう、自己資本、流動性、資産の質などについて、比較しやすい情報開示を充実させる。情報開示は市場規律を働かせるための前提の一つです。

これらは、100%準備派と自由銀行派の最終的な制度像が一致しているという意味ではありません。

むしろ共通しているのは、「銀行が失敗しても最終的には政府が救ってくれる」という期待が、市場の規律を弱めうるという問題意識です。実際、政策当局自身も、「大きすぎて潰せない」という期待が市場規律を弱め、過剰なリスクテイクを促すことを問題として認識しています。

したがって、100%準備か部分準備自由銀行かという理論上の決着を待たなくても、現在の公的な安全網がどのようなモラルハザードを生み、それをどう抑えるかは独立して議論できます。

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08

この論争から何を学べるか

部分準備をめぐる対立には長い前史があり、現代のオーストリア学派内部でもなお決着していません。一方で、その結論を待たなくても検討できる現実の制度課題があります。

日本で現実に考えられるのは、日本銀行にどこまで裁量を認め、どこまでルールで制約するのか。政府・財政と中央銀行の関係をどのように設計するのか。金融機関が経営に失敗したとき、誰に損失を負担させ、どのように秩序立って処理するのか。預金保険や最後の貸し手機能が、市場規律にどのような影響を与えるのか——といった問題です。

実際、日本銀行法は金融政策における日銀の自主性を尊重する一方、政府の経済政策との整合性を図るため、政府との意思疎通も求めています。したがって、政府と中央銀行を単純に「切り離せばよい」という問題ではなく、どのような制度的な距離と関係を保つべきかが問われます。

100%準備派と部分準備自由銀行派では最終的な制度像は大きく異なります。それでも、両派の代表的な論者には、次の共通した問題意識を見ることができます。

貨幣と銀行の安定を、政策担当者の裁量や「最後は救済される」という期待に、できるだけ依存させない。

賛否を決めなくても使える問い

どちらの立場を採るか決めなくても、金融制度を見るときには次のように問うことができます。

  • この金融機関が取ったリスクの損失を、最終的に誰が負担するのか。
  • 利益を得る人と、失敗したときに損失を負う人は同じか。違うとすれば、過剰なリスクを取る誘因は生まれないか。
  • 「いつでも引き出せる」という預金の約束は、何によって支えられているのか。銀行自身の準備なのか、預金保険なのか、中央銀行からの資金供給なのか。
  • 危機の際に救済されるという期待は、危機が起きていない平時の行動をどう変えているのか。
  • 銀行や政策当局が判断を誤ったとき、それを修正する仕組みはどこにあるのか。

これらは、部分準備銀行を認めるかどうかとは独立して使える問いです。

100%準備か、部分準備自由銀行か。その最終的な答えが出ていなくても、「誰が決め、誰が利益を得て、誰が失敗の責任を負うのか」を問うことはできます。それが、この論争から得られる実践的な視点の一つです。

日本語で読む

  • ヘスース・ウエルタ・デ・ソト『通貨・銀行信用・経済循環』(蔵研也 訳、春秋社、2015年)——部分準備銀行制度を、法・歴史・景気循環論の三つの側面から批判的に検討した大著。100%準備派を代表する文献の一つです。訳者は当研究所の主任研究員です。邦訳は原著第3版をもとに2015年に春秋社から刊行されています。
  • マレー・ロスバード『政府は私たちの通貨に何をしてきたのか?』(蔵研也 訳、2026年)——貨幣はどのように生まれたのか、政府による貨幣への介入や中央銀行制度が何をもたらすのかを、約150ページで解説した入門書。原著 What Has Government Done to Our Money? は1963年に刊行されました。
  • F・A・ハイエク『貨幣発行自由化論——競争通貨の理論と実行に関する分析』(村井章子 訳、日経BP、2020年)——政府による貨幣発行の独占を廃し、複数の民間通貨を競争させる構想を示したハイエク晩年の代表作。1976年の初版を経て改訂された Denationalisation of Money の邦訳です。

なお、部分準備自由銀行派を代表するジョージ・セルギン、ローレンス・H・ホワイト、そして自由銀行論の先駆的研究であるヴェラ・スミスの主要著作については、今回確認した範囲では邦訳を確認できませんでした。英語で読める原典を、下の「出典・参考リンク」に掲載しています。

貨幣と中央銀行の基本的な論点は お金と中央銀行を、リバタリアンの視点で考える にまとめています。目的別の読書案内は 自由主義の読書案内 をご覧ください。

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References

出典・参考リンク

  1. マイケル・マクリー、アマー・レイディア、ライランド・トマス「Money creation in the modern economy」(イングランド銀行 Quarterly Bulletin 2014 Q1。現代の銀行は単純に既存の預金を又貸ししているのではなく、銀行が貸出を行う際に新たな預金が同時に作られることを解説。本ページ第1節の記述はこれにもとづく) — Bank of England(英語)
  2. ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス『Human Action』第17章12節 “The Limitation on the Issuance of Fiduciary Media”(自由銀行を、信用膨張に内在する危険を防ぐ唯一の方法と位置づける一方、自由銀行のもとでも慎重な銀行によるごく限定的な信用膨張は残りうると述べる) — Mises Institute(英語全文)
  3. ヘスース・ウエルタ・デ・ソト『Money, Bank Credit, and Economic Cycles』(100%準備派の代表的著作。邦訳『通貨・銀行信用・経済循環』蔵研也 訳、春秋社、2015年) — Mises Institute(英語全文PDF・EPUB)
  4. マレー・ロスバード『The Mystery of Banking』(貨幣・銀行・部分準備銀行・中央銀行について体系的に論じた著作) — Mises Institute(英語全文)
  5. ジョージ・セルギン『The Theory of Free Banking: Money Supply under Competitive Note Issue』(1988年。部分準備自由銀行論と貨幣的均衡論を体系化した代表的著作) — Online Library of Liberty(英語全文)
  6. ローレンス・H・ホワイト『Free Banking in Britain: Theory, Experience and Debate, 1800–1845』(1984年。スコットランドの自由銀行経験を中心に、理論と歴史を検討) — Institute of Economic Affairs(英語全文PDF)
  7. ヴェラ・C・スミス『The Rationale of Central Banking』(1936年。1990年の再刊時に The Rationale of Central Banking and the Free Banking Alternative という書名で刊行された、中央銀行と自由銀行を比較する先駆的研究) — Online Library of Liberty(英語全文)
  8. マイケル・D・ボルド、アンジェラ・レディッシュ、ヒュー・ロコフ「Why Didn't Canada Have a Banking Crisis in 2008 (or in 1930, or 1907, or ...)?」(NBER Working Paper No. 17312、2011年。のち The Economic History Review 第68巻第1号、2015年、pp.218–243。大恐慌期を含むカナダ銀行制度の安定性を米国と比較) — NBER(英語)
  9. 1930〜1933年のアメリカで記録された9,096件の銀行営業停止(bank suspensions)は、連邦準備制度理事会『Banking and Monetary Statistics 1914–1941』表66、合衆国センサス局『Historical Statistics of the United States』、FDIC『The First Fifty Years』の3つの統計が一致します。統計上の語は「営業停止(suspension)」で、管財人の下で清算された狭義の「破綻(failure)」とは区別されます。金融上の困難から一時的または恒久的に閉鎖された銀行を含み、その後再開したり他行に吸収されたりした銀行も含みます。一方、特別な銀行休日の期間だけ閉鎖してその後再開した銀行は、原則として含まれません
  10. 日本の預金保険制度における保護の範囲(一般預金等は1金融機関につき預金者1人あたり元本1,000万円までとその利息等、決済用預金は全額) — 預金保険機構金融庁
  11. 貨幣と中央銀行の基本的な整理は当サイトの お金と中央銀行を、リバタリアンの視点で考える

※ リンク先は各公開元のサイトです。所在は掲載時点のものです。

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