1 ― 無人島に最初に着いた人は、島全体を所有できるか
Aさんが無人島に最初に上陸し、海岸の一部を開墾して家を建てました。
Aさんが建てた家や、実際に利用・変形した土地について、どのような所有権が成立するでしょうか。そしてAさんがさらに、「島全体は自分のものだ」と宣言したらどうでしょうか。
ロスバード型——単なる発見や宣言では足りません。実際に使用し、利用できるように変形した範囲について所有権が生まれます。島の一部しか利用していないなら、島全体を取得したことにはなりません。
ノージック型——ノージック自身は、正当な原初取得の方法を完全には定式化していません。ただし、どのような取得理論であっても、取得によって、それまでその資源を自由に利用できた他者を悪化させないという「弱い但し書き」が必要だと考えます。単に他の人が「自分も取得できたのに」という機会を失っただけでは、但し書き違反にはなりません。
左派リバタリアン型——私的な取得や利用そのものを否定するわけではありません。しかし、自然資源の取得には、他の人々の平等な立場を守る何らかの制約が必要だと考えます。スタイナー型なら、自然資源の価値について自分の平等な取り分を超えて取得する場合、他者への補償が必要になります。
問題は「最初に着いた」という事実だけではありません。
何をすれば所有権が生まれるのか。どこまでの範囲を取得できるのか。そして、その取得によって他者に対して何らかの義務が生じるのか。ここで答えが分かれます。
2 ― 砂漠で唯一の水源を最初に見つけたら
Aさんが砂漠で、まだ誰にも所有されていない唯一の水源を最初に見つけ、それをすべて自分のものとして取得したとします。ほかの人々が生きるためには、その水を利用する必要があります。
Aさんは、「水一杯100万円。それを払えなければ渡さない」と言えるでしょうか。
ロスバード型——水源が正当に原初取得されたのであれば、後から来た人がそれを必要としているという理由だけで、所有権が自動的に消えるとは考えません。ここでは、生命維持に必要だという他者の必要が、正当に成立した財産権をどこまで制約できるのかが問われます。
ノージック型——唯一の水源を取得することで、他の人々がそれまで利用できた水を利用できなくなり、基準となる状態より悪化するなら、ロック的但し書きが働きます。ノージック自身が、砂漠で唯一の水飲み場を取得して好きなだけの価格を要求することはできない、という例を挙げています。
左派リバタリアン型——自然の水源を私的に利用すること自体は認めうるとしても、その自然資源について一人が排他的な利益をすべて取得することには、平等主義的な制約がかかります。ただし、その具体的な内容は、スタイナー、オーツカなどの理論によって異なります。
ここでとくに重要なのは、「必要なものだから私有できない」というだけではノージックの議論にならないことです。
ノージック自身、新薬を発明した人がその薬の全供給を持っていても、それだけでは但し書き違反にならないとします。その研究者がいなければ薬そのものが存在しなかったからです。問題なのは「必要性」そのものではなく、その人の取得によって、他者がそれまで利用できた資源を奪われ、基準状態より悪化したのかです。
3 ― 駅ができて地価が10倍になったら、その値上がりは誰のものか
Aさんは100年前から土地を正当に所有しています。本人は土地に何の改良もしていません。しかし周囲に鉄道、企業、商店、学校ができ、人口も増えた結果、土地の市場価値が10倍になりました。
この値上がり分は、誰のものでしょうか。
ロスバード型の強い私有財産論——土地が正当に取得され、正当にAさんまで移転してきたのであれば、その土地についての所有権には、市場価値の上昇も下落も含まれます。Aさん自身が地価上昇の原因を作ったかどうかによって、その所有権が変わるわけではありません。
ジョージ型——建物や土地改良の価値は、それを作った人のものです。しかし、人口増加、交通網、周囲の経済活動などによって上昇した未改良の土地そのものの価値は、地主本人が作ったものではありません。ジョージは、この土地価値・地代は共同体の発展によって生じたものなのだから、土地価値への課税によって共同体へ戻すべきだと考えます。
スタイナー型——理由は少し違います。スタイナーは、地価が「社会によって作られた」から共有すべきだということを中心的な根拠にはしません。そもそも誰も作っていない自然資源の競争的な価値について、すべての人に平等な取り分があると考えます。したがって、一人が自分の平等な取り分を超える自然資源価値を占有するなら、その超過分について他者への補償が必要になります。これは取得時だけでなく、その後も継続して要求される制約です。
ここで問われているのは、「すでに自分が所有している物の値上がりなのだから、その利益も当然に自分のものだ」という考えと、「その値上がりのうち、自分が作っていない土地そのものの価値まで、なぜすべて自分のものになるのか」という考えのどちらを採るかです。
4 ― すべての土地が所有された後に生まれた人は、どうなるか
世界中の利用可能な土地がすべて私有化されたとします。その翌日に子どもが生まれました。
その子には、自分が新たに取得できる未所有地が一つもありません。土地を利用するには、すでに所有権を持つ誰かとの合意が必要になります。
このとき、先に生まれた世代による土地の取得は、後から生まれる人々に対してもそのまま有効なのでしょうか。
ロスバード型——土地が正当に原初取得され、その後も正当に移転されてきたのであれば、後から生まれたというだけで、その人に他人の土地への持分が新たに発生するわけではありません。未所有地がなくなったこと自体は、先行する正当な所有権を無効にする理由にはならないと考えます。
ノージック型——後から生まれた人についても、既存の所有制度によってロック的但し書きの意味で悪化させられているかが問題になります。ただし、比較すべき基準状態をノージック自身が完全には確定していないため、「未所有地が残っていない」という事実だけで但し書き違反になるとは言えません。重要なのは、その資源が未所有のままだった場合などと比べて、その人が実際に悪化しているかです。現代のノージック研究でも、このベースラインの曖昧さは重要な問題として残っています。
スタイナー/ジョージ型——自然資源についての平等な取り分は、最初の世代だけに与えられて終わるものではありません。新しく生まれた人々も自然資源の価値について平等な請求を持つと考えるなら、土地を一度売り切って永久に権利を固定するのではなく、土地・自然資源の経済的地代を継続的に徴収し、各世代に配分する仕組みのほうが理論に適合します。左派リバタリアンの研究でも、多世代社会では自然資源を一度きりで「売る」より、競争的地代で「貸す」と考えるほうが各世代の平等な取り分を保障しやすいと論じられています。
オーツカ型——単純に一人当たり同額の土地価値を配るというより、自然資源へのアクセスを含めて、各人がよい生を送る機会について平等な立場に置かれるかを問題にします。したがって、後発世代についても、その機会が不当に劣らないような取得条件が必要になります。
これは、先に生まれた人々は、自分たちの時代に未所有だった自然資源を取得することで、まだ生まれていない人々の自然への権利まで永久に決めることができるのかという世代間の問いです。
5 ― 200年前に奪われた土地は、誰に返すべきか
A家の土地が200年前に国家によって不当に没収され、B家へ与えられたとします。
その後、土地は売買や相続を何度も繰り返し、現在はCさんが事情を知らず、正当な対価を払って購入して住んでいます。そして、A家の正当な相続人も現在特定できるとします。
土地は誰のものでしょうか。
ノージック型——過去の取得や移転が不正であり、その影響が現在の所有関係まで続いているなら、不正の是正の問題が残ります。ただし、200年間のあいだに土地の価値や人口、相続関係が変わった場合に、具体的に誰へ何をどれだけ返すべきかについて、ノージック自身は完成した是正原理を示していません。現在の保有状態をそのまま正当化することもできませんが、単純な原状回復だけで解けるとも限らない、というのが彼の理論の難しいところです。
ロスバード型——この思考実験の条件なら、結論はかなり明確です。元の土地取得が犯罪的だったことが立証され、被害者A家の正当な相続人を特定できるのであれば、土地はA家側へ返還されるべきだと考えます。Cさんが盗みに関与せず、事情を知らずに購入した善意の所有者であっても、盗人は正当な権原を持っていなかった以上、正当な所有権をCさんへ移すこともできません。ロスバードは、被害者またはその相続人が特定できる場合には、現在の不正な権原は「直ちに」被害者側へ戻るとしています。
ただし、被害者やその相続人を特定できなくなっている場合は結論が変わります。その場合、現在の占有者自身が元の犯罪者でなければ、ロスバードは現在の占有者に権原を認めます。したがって、彼の理論では、「現在の占有者が善意かどうか」だけではなく、「本来の所有者またはその相続人を特定できるか」が決定的に重要です。
左派リバタリアン型——過去の強制的な土地収奪は、それ自体として是正すべき権利侵害になりえます。ただし、それとは別に、現在の土地所有にも自然資源の平等な取り分に関する制約が継続してかかると考えます。したがって、「200年前に誰が所有していたか」を確定して永久的な完全所有権を戻せば問題がすべて解決する、とは限りません。スタイナー型なら、現在の自然資源価値についても各人の平等な取り分を考慮する必要があります。
ここでは、原初取得についての抽象的な哲学が、征服、没収、植民地化、相続、善意の第三者、歴史的不正の是正といった現実の問題へ直接つながります。
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