論点 · 応用編Ⅰ

リバタリアン運動は、どこへ向かうのか ― パレオ、ベルトウェイ、ライフスタイル、リベラルタリアン

同じ原理から出発しても、道は分かれます。誰と組むのか。どこで活動するのか。どこまでを「自由の問題」と見るのか。この3つの問いに、リバタリアンは違う答えを出してきました。よく名前の挙がる4つの分岐を、それぞれの言い分とそれへの反論をあわせて整理します。

Draft · 編集中

内容は概ね固まっていますが、最終確認中です。

In Short

3つの要点

  • この4つは、同じ種類の分類ではありません。パレオとリベラルタリアンは「誰と組むか」の答え、ベルトウェイは「どこで活動するか」の答え、ライフスタイルは「何を自由と呼ぶか」の傾向です。4つを横に並べた表だけを見ると、4つの学派があるように読めてしまいます。
  • 「ベルトウェイ」と「ライフスタイル」は、自称ではありません。どちらも主として批判する側が使ってきた呼び名です。ケイトー研究所のライアン・ボーンは2024年、この呼称が「一部の人々からケイトーのようなシンクタンクへの侮辱として投げつけられている」と書いています。
  • 対立しているのは、必ずしも原理ではありません。不侵略原則を共有していても、連携相手・活動の場・自由の射程が違えば、実際の行動は大きく変わります。だからこそ、この論争は原理の議論では決着しません。
目次
01

同じ原理から、なぜ違う道が出てくるのか

リバタリアニズムの原理そのものは、驚くほど簡潔です。他人の身体と財産に対する侵略の開始を認めない。そこから、小さな政府、自由市場、個人の権利といった主張が導かれます。

ところが、この原理を共有している人どうしでも、実際にやることはまるで違ってきます。ある人はワシントンで法案を書き、ある人は大衆運動を組織し、ある人は薬物政策や表現の自由を最前線に置きます。

なぜでしょうか。原理は「何が正しいか」を教えてくれますが、「それをどう社会に置くか」までは教えてくれないからです。

原理が同じでも、戦略と射程が違えば、道は分かれる。

3つの問い

分岐の実体は、おおむね次の3つの問いに整理できます。

  • 誰と組むのか。政府の肥大に反対する点で一致する保守層と組むのか。個人の自由という点で共通する中道・左派リベラルと組むのか。どちらとも組まないのか。
  • どこで活動するのか。既存の制度の内側に入って法律や政策を変えるのか。制度の外に立って、原理そのものを訴え続けるのか。
  • どこまでを自由の問題と見るのか。国家による強制を止めれば足りるのか。それとも、人が実際にどう生きられるかまで視野に入れるのか。

以下で扱う4つの分岐は、この3つの問いへの異なる答えです。研究所としての結論は示しません。それぞれの言い分と、それへの反論を並べます。

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02

呼び名についての注意 ― 4つは同じ種類の分類ではない

本題に入る前に、二つ断っておきます。読み違えが起きやすいところだからです。

その1 ― 4つは、そもそも別々の軸の話です

「パレオ」「ベルトウェイ」「ライフスタイル」「リベラルタリアン」を横に並べると、4つの学派が競い合っているように見えます。しかし、答えている問いが違います。

  • パレオとリベラルタリアンは、「誰と組むか」という同じ問いへの逆の答えです。この2つだけは正面から対になっています。
  • ベルトウェイは、「どこで活動するか」の話です。制度の内側で働く人は、右派とも左派とも組みえます。
  • ライフスタイルは、「何を自由と呼ぶか」の傾向です。これは連携戦略ではありません。

なお、「そもそも政治参加という手段を使ってよいのか」という、さらに手前の論争もあります。これは4つのどれとも軸が違うので、当サイトでは 選挙で自由は実現できるのか で別に扱っています。

したがって、ある人が同時に複数に当てはまることは普通にあります。「4つのどれか1つに分類する」という読み方は、最初から成り立ちません。

その2 ― 「ベルトウェイ」と「ライフスタイル」は自称ではありません

この2つは、明確な綱領や組織を持つ思想学派の名称ではありません。主として、批判する側が使ってきた呼び名です。自称として用いられる例は、ほとんど見当たりません。

これを名指しされる側も、そのことを自覚しています。ケイトー研究所のライアン・ボーンは、2024年に亡くなった同研究所の元筆頭副所長デイヴィッド・ボーズを追悼する記事で、こう書いています。

「『ベルトウェイ・リバタリアン』という呼び名は、いまや一部の人々から、ケイトーのようなシンクタンクへの侮辱として投げつけられている」

ボーズ本人も2010年のブログで、この語を「あの忌み嫌われた『ベルトウェイ・リバタリアン』たち」と、皮肉を込めた引用符つきで書いていました。

それでも、このページでは呼称をそのまま使います。読者が他の場所で目にする言葉と一致していなければ、調べ直すことができないからです。ただし、中立な分類名ではないという前提を置いたうえで使います。

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03

パレオ ― 右派・保守層と組む

4つのうち、当事者自身による自称であり、明確な綱領を持つのは、これだけです。

1990年1月、リュー・ロックウェルは『Liberty』誌に「The Case for Paleo-Libertarianism」を発表しました。主張は明快でした。リバタリアニズムから放縦(libertine)の要素を洗い落とし、犯罪・家族・宗教的伝統といった論点で復興しつつあったパレオ保守と組むべきだ、というものです。

マレー・ロスバードはこれを引き継ぎ、1992年に「右翼ポピュリスト綱領」8項目を示しました。

問いは一貫しています。

リバタリアンは、誰と組むべきなのか。

このページで深入りしない理由

パレオリバタリアニズムについては、綱領8項目の検討、組織的な連携がその後どうなったか、ロン・ポール・ニュースレター問題、批判と反論までを、独立したページで詳しく扱っています。

ここでは、他の3つと比べるうえで必要な点だけを挙げます。

  • 連携先は、文化的に保守的な層です。小さな政府を望む点で一致する相手と組み、数の力を作ることを目指しました。
  • 活動の場は、制度の外です。大衆運動と出版が中心で、ワシントンの政策形成に食い込むことを主眼としていません。
  • 自由の射程は、狭く取ります。国家の強制に反対することと、ある生き方を文化的に称賛することは別だ、という立場です。この点が、後述するライフスタイルとの対立の核心です。ただし、家族・教会・地域共同体を自由社会を支える条件として重視する点は、別の見方もできます。この重なりについては 薄いリバタリアニズムか、厚いリバタリアニズムか で扱っています。

詳しくは 保守と組むべきか ― パレオリバタリアニズムとは何だったのか をご覧ください。

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04

ベルトウェイ ― 制度の内側から変える

言葉の由来

「ベルトウェイ(Beltway)」とは、ワシントンD.C.とその内側の郊外を環状に取り囲む州間高速道路 I-495、通称 Capital Beltway のことです。1964年に全線開通しました。

この道路の内側=連邦政界の内部という含意から、「inside the Beltway(ベルトウェイの内側)」という言い回しが生まれ、英語の辞書にも「ワシントンD.C.の政治的支配層」という語義が載っています。

つまり「ベルトウェイ・リバタリアン」とは、文字どおりにはワシントンの政策世界の内側にいるリバタリアンという意味です。政策シンクタンクの研究者、法律家、政策スタッフなどを指して使われてきました。

何を重視するのか

この呼び名で括られる人々に共通するとされるのは、国家そのものを一挙に否定するより、現実の法律や制度を具体的に変えることを優先する姿勢です。

減税、規制改革、刑事司法改革、移民、表現の自由、教育、貿易といった論点で政策案や法案を作り、議会・行政・裁判所・メディアに働きかける。思想を広めるだけでなく、実際の制度変更に結びつけようとします。

ここで注意が要ります。「制度の内側で活動すること」と「政策が穏健であること」は、別の問題です。制度内で活動する組織が、薬物規制や刑事司法について、その国の主流政治よりはるかに急進的な主張をすることはよくあります。活動の場所から中身を推し量ることはできません。

批判する側の論点

ロスバード派・パレオ側からは、次のように批判されてきました。国家の近くで活動するほど、国家が設定した「現実的な選択肢」の範囲内でしか考えなくなるのではないか。

税そのものではなく税率を。中央銀行そのものではなく金融政策の改善を。福祉国家そのものではなくその効率化を。こうして、国家権力の根本を問う思想だったはずのものが、「政府を少し効率よくする政策論」に縮んでしまうのではないか、という懸念です。

ミーゼス研究所やLewRockwell.comでこの語が使われるとき、しばしばこの意味が込められています。デイヴィッド・ゴードンの「Explaining Beltway Libertarians」(2013年)や、ミーゼス研究所の記事「How "Beltway Libertarians" Failed to Convince Conservatives」(2023年)が例です。

なお、ロスバード本人がこの語を使った例は確認できていません。後の世代の論者が使うようになった言葉です。

擁護する側の論点

これに対しては、原理を唱えるだけでは法律も制度も変わらないという反論があります。

税制を変えるにも、規制を廃止するにも、警察権を制限するにも、具体的な法案、政策分析、訴訟、議員や官僚との交渉が要ります。既存制度と関わることは、その制度を丸ごと肯定することとは違います。

また、「最終的には政府を大幅に縮小すべきだ」と考えることと、「今日実現できる減税や規制撤廃を進める」ことは両立しうる、という見方もあります。

ケイトー研究所のライアン・ボーンは前掲の追悼記事で、ボーズが意に介さず守ろうとしたのは、ケイトーの「真剣で、原則的な、リバタリアンの政策機関(a serious, principled, libertarian policy shop)としての評判」だった、と書いています。これは研究所の公式な自己規定ではなく、職員による追悼記事中の一文ですが、この立場からの応答をよく表しています。

背景 ― この対立には前史があります

ケイトー研究所は1977年1月、サンフランシスコでエドワード・クレイン、マレー・ロスバード、チャールズ・コークの3名によって設立されました。研究所名を提案したのはロスバードだったとされます。

ところが1981年、ロスバードは理事会の決定によって同研究所から排除されます。同じ1981年、ケイトーは本部をワシントンD.C.へ移し、政策研究への傾斜を強めました。ロスバードは翌1982年、ロックウェルらとミーゼス研究所を設立します。

ロスバード自身は、預けていた持分が無断で取り消されたと『Libertarian Forum』誌上で主張しています。ただしこれは一方の当事者の記述であり、ケイトー側の公開反論は確認できていません。決裂の経緯については両者の説明が食い違います。

「ベルトウェイ」という呼称をめぐる応酬は、この40年以上前の分裂と地続きです。

国家の制度の内側に入り、少しずつ自由を広げることは、自由主義を現実にする方法なのか。それとも、制度に取り込まれ、思想を弱める道なのか。

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05

ライフスタイル ― 生き方の自由まで含める

何を指す言葉か

「ライフスタイル・リバタリアニズム(lifestyle libertarianism)」も、綱領や組織を持つ思想学派ではありません。

一般には、経済や政府の大きさだけでなく、薬物、性的関係、表現、芸術、家族の形、服装、技術など、個人がどのような生き方を選ぶかという自由を強く重視する傾向を指します。

この語は、批判的にも、そうでない形でも使われてきました。たとえば『Reason』誌2004年8・9月号のインタビュー「John Perry Barlow 2.0」(聞き手はブライアン・ドハティ)は、ジョン・ペリー・バーロウが友人たちに送ったメールで「単なる『ライフスタイル・リバタリアニズム』ではもう足りない」と述べたことを取り上げています。意識を変えれば政治は後からついてくると考えていたが、実際の政治過程に関わる必要を感じるようになった、という文脈でした。

何を重視するのか

この傾向が強調するのは、自由は経済活動だけの問題ではないという点です。

政府が税率を下げても、成人の私生活を犯罪として取り締まり、薬物使用を刑罰で禁じ、表現を検閲し、人が自分の身体について行う選択を国家が決めるのであれば、それだけで自由な社会とはいえない。そう考えます。

この意味では、個人の自律や自己所有というリバタリアニズムの中心にある考えを、経済以外の領域にも一貫して適用しようとする姿勢と理解できます。

パレオ側からの批判

パレオリバタリアンが問題にしたのは、次の点でした。「政府が禁止してはならない」と「社会として肯定すべきだ」を、混同しているのではないか。

薬物使用を犯罪にすべきではないと考えることと、薬物使用が良い生き方だと考えることは、別の判断です。政府がある生活様式を禁じる権限を持たないという政治的な原則から、その生活様式を道徳的・文化的に称賛すべきだという結論は、自動的には出てきません。

1990年のロックウェルの宣言は、当時の主流リバタリアンが「国家からの自由」と「宗教・伝統・道徳・社会的権威からの自由」を結びつけていると批判し、この二つを切り離そうとしました。

戦略上の批判もあります。リバタリアニズムが特定の対抗文化と一体に見えれば、文化的には保守的だが小さな政府を支持する層を遠ざけるのではないか、というものです。

なお、ロスバードやロックウェルが「lifestyle libertarianism」という語そのものを使った例は確認できていません。ロスバードが同種の層を指して用いたのは「モーダル・リバタリアン(modal libertarian、典型的リバタリアン)」という語でした。

擁護する側の論点

これに対しては、国家による強制そのものが、私生活の領域に深く及んできたという反論があります。

薬物戦争、性的関係をめぐる法規制、検閲、警察による私生活への介入。これらは単なる文化の好みの問題ではなく、国家が実際に人の身体と生活に強制力を行使している問題です。したがって、この領域を重視することはリバタリアニズムからの逸脱ではなく、その原則を一貫して適用した結果だという主張が成り立ちます。

「厚い/薄い」とは別の話です

ここは混同されやすいところです。ライフスタイル・リバタリアニズムと「厚い/薄いリバタリアニズム」は、同じものではありません。

前者は文化的・社会的な傾向を表す、かなり緩いラベルです。後者は、不侵略原則以外の価値へのコミットメントを、リバタリアニズムという思想の内側に含めるべきかという理論上の議論です。チャールズ・ジョンソンの論考「Libertarianism Through Thick and Thin」(『The Freeman』2008年7・8月合併号)によって広く知られるようになりました。ただしこの対比自体はそれ以前からあり、2005年12月には同じ表題のシンポジウムがモリナリ協会で開かれています。この論争そのものは 薄いリバタリアニズムか、厚いリバタリアニズムか で扱っています。

リバタリアニズムは、国家による強制を制限する政治原理にとどまるのか。それとも、人が自分の生き方を選べる文化まで積極的に擁護する思想なのか。

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06

リベラルタリアン ― 左派・中道リベラルと組む

何が提案されたのか

2006年12月4日、当時ケイトー研究所の研究担当副所長だったブリンク・リンジーが、『ニュー・リパブリック』誌のオンライン版に「Liberaltarians」を寄稿しました。

主張はこうです。保守とリバタリアンの旧来の融合(フュージョニズム)はもう機能していない。代わりに、個人の自律、コスモポリタンな価値観、市民的自由といった共通点を土台に、リバタリアンと現代リベラル・中道左派の新しい連携を探るべきだ。リンジーはこれを「ハイエクとロールズのあいだに何らかの和解を求める運動」と表現しました。

これが、パレオとちょうど対になります。

組む相手時期
パレオ文化的に保守的な右派1990年前後
リベラルタリアン文化的にリベラルな中道左派2006年以降

同じ「誰と組むか」という問いに、正反対の答えを出している——この対比が、4つを並べる最大の意味です。

なお「liberaltarian」という語自体は、リンジー本人によれば同誌の見出し担当者が付けたもので、彼の造語ではありません。

批判 ― 両側から出ました

この構想は、右からも左からも批判されました。

  • 保守・リバタリアン側から。ジョナ・ゴールドバーグは「The Brink Lindsey Project」(Cato Unbound、2007年7月)で、リンジーが自分の選好を歴史の趨勢と取り違えていると批判しました。ミーゼス研究所のデイヴィッド・ゴードンは「Libertarianism at the Brink」(2017年)で、自然権リバタリアニズムを手放しながらリバタリアンとの断絶は避けようとしている、と論じています。
  • リベラル側から。マシュー・イグレシアスらは、社会の進歩は公民権立法の成果であってリバタリアン思想の帰結ではない、と反論しました。

その後どうなったか

リンジーとスティーブン・テレスは、著書『The Captured Economy』(オックスフォード大学出版局、2017年)を経て、Cato Unbound(2018年1月10日)でこう書いています。

「しかしリベラルタリアンの手にかかると、これらの考えは、現代の規制国家・福祉国家を改革し改善するための道具として使われる。それらを解体する理由としてではない」

これは出発点からの明確な移動です。同じ号でイリヤ・ソミンが正面から反論しており、リバタリアン論壇の合意ではありません。

リンジー自身の経歴も、この構想の行方を示しています。2010年8月にケイトー研究所を離れ、2012年に復帰し、2017年夏にニスカネン・センターへ移りました。後年、彼はリバタリアンというラベル自体が自分に合わなくなったと述べています。

2010年の退職については当時「粛清ではないか」と報じられましたが、研究所は人事について公式の説明をしておらず、断定できることではありません。本人は後年、幹部との緊張が高まったと述べるにとどめています。

組む相手を変えれば運動は広がるのか。それとも、組む相手に合わせて思想のほうが変わってしまうのか。

パレオとリベラルタリアンは組む相手が正反対ですが、向けられた批判の形はよく似ています。ここは覚えておく価値があります。

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07

4つを並べて見る

ここまでの整理を、一つの表にまとめます。ただし第2節で述べたとおり、これは「4つの学派の一覧」ではありません。答えている問いが違うものを、便宜上並べたものです。

路線中心となる問い主な活動の場自由の射程自称かどうか
パレオ誰と組めば国家を縮小できるか大衆運動・出版・右派との連携狭く取る。国家の強制に限定自称。綱領あり
ベルトウェイ制度を内側からどう変えるかシンクタンク・議会・裁判・政策形成組織により多様ほぼ他称。批判の語
ライフスタイル生き方の自由をどこまで重視するか文化・メディア・市民的自由広く取る。私生活・文化までほぼ他称。緩いラベル
リベラルタリアン左派・中道リベラルと組めるか政策・知識人ネットワーク市民的自由を重視自称の例あり

この表から読み取れること

  • 正面から対立しているのは、パレオとリベラルタリアンだけです。同じ問いに逆の答えを出しています。
  • ベルトウェイは、右とも左とも組みえます。活動の場についての区別なので、連携相手とは独立です。
  • ライフスタイルは、パレオと直接ぶつかります。ただしぶつかる論点は「誰と組むか」ではなく「何を自由の問題と見るか」です。
  • 1人の人物が複数に当てはまります。「制度の内側で働き、生き方の自由を重視し、中道左派とも組む」という立場は、何ら矛盾していません。

この表に入れなかったもの

関連はしますが、軸が違うため外した潮流を2つ挙げておきます。

  • ブリーディング・ハート・リバタリアニズム(BHL)。マット・ズウォリンスキーらが2011年3月に始めた同名のブログを中心とする潮流で、「自由市場と社会正義」を掲げました。ただしこれは「誰と組むか」ではなく「自由を何によって正当化するか」の議論です。当サイトでは 自然権論と帰結主義 の系統に属します。なおブログ自体は2020年6月に終了しています。
  • 左派リバタリアニズム(left-libertarianism)。この語は少なくとも3つの異なる意味で使われており(自己所有権を認めつつ天然資源の平等な権利を重視する現代政治哲学の立場、市場アナーキズムに近い立場、単に文化的に進歩的なリバタリアンを指す俗な用法)、ライフスタイルの同義語として扱うことはできません。混同を避けるため、ここでは立ち入りません。
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08

日本で考えるとき

ここまではアメリカの話です。日本には、ワシントンD.C.のような政策シンクタンク街も、一定の規模を持つリバタリアン政党もありません。そのまま持ち込める図式ではありません。

それでも、3つの問いは日本でもそのまま立ちます。

誰と組むのか

減税や規制緩和を掲げる勢力と、表現の自由や個人の生き方の選択を重視する勢力は、日本では必ずしも同じではありません。どちらとも部分的に一致し、どちらとも部分的に食い違う。この状況で「誰と組むか」は、アメリカ以上に込み入った問いになります。

どこで活動するのか

政策の議論に加わろうとすれば、既存の制度と関わらざるをえません。そのとき、「現実的な範囲」を誰が決めているのかという第4節の問いは、日本でも同じように働きます。

どこまでを自由の問題と見るのか

日本では、法律による強制よりも、慣行や同調圧力のほうが人の選択を狭めていると感じられる場面が少なくありません。それをリバタリアニズムの対象に含めるのかどうか。これは第5節の論点そのものです。

読み進めるために

この4つの分岐は、いずれも原理の対立というより、原理を現実に置くときに現れる分岐です。原理そのものをめぐる論争は、当サイトの別のページで扱っています。

日本語で読む

この主題を扱った日本語の文献は、ごく限られています。

  • 森村進『自由はどこまで可能か ― リバタリアニズム入門』(講談社現代新書、2001年)— リバタリアニズム内部の諸潮流を日本語で見渡せる入門書。
  • 渡辺靖『リバタリアニズム ― アメリカを揺るがす自由至上主義』(中公新書2522、2019年)— 現代アメリカにおけるリバタリアン運動の広がりを、現地取材にもとづいて描いたルポルタージュ。

出典についての注記

当サイトは、ミーゼス研究所が公開している文献を出典として頻繁に参照しています。同研究所は、本ページの第4節で触れた1981年の分裂を経て設立された組織です。参照している理由は、オーストリア学派とリバタリアニズムの古典の多くがそこで全文無料公開されているからですが、この経緯には触れておくべきだと考えて記しました。

このページでは、批判の言葉と擁護の言葉を、できるかぎりそれぞれの出所を示して並べました。どちらが正しいかは示していません。

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References

出典・参考リンク

  1. ニック・ギレスピー「Language: Liberating Liberal」(『Reason』1995年6月号)— ケイトー研究所を "the inside-the-Beltway libertarian think tank" と呼んでいる箇所を原文で確認しました。語法をめぐる中立的な記述であり、批判の文脈ではありませんReason(英語)
  2. ライアン・ボーン「David Boaz, RIP: Reflections on a Great Libertarian, Friend, and Colleague」(Cato at Liberty、2024年6月7日)— 第2節・第4節の引用はこの記事によります。ケイトー研究所の公式な自己規定ではなく、職員による追悼記事中の記述ですCato Institute(英語)
  3. デイヴィッド・ゴードン「Explaining Beltway Libertarians」(LewRockwell.com、2013年4月)— 批判的用法の例 — LewRockwell.com(英語)
  4. Tyranny, Inc.: How "Beltway Libertarians" Failed to Convince Conservatives」(Mises Wire、2023年10月3日)— 同上 — Mises Institute(英語)
  5. マレー・ロスバード「It Usually Ends With Ed Crane」(『Libertarian Forum』1981年)— 1981年の決裂についてのロスバード自身の記述。一方の当事者による記述です
  6. リュー・ロックウェル「The Case for Paleo-Libertarianism」(『Liberty』1990年1月号、pp.34–38)— パレオリバタリアニズムの宣言にあたる論考
  7. ブライアン・ドハティ「John Perry Barlow 2.0」(『Reason』2004年8・9月号)— 第5節の「単なるライフスタイル・リバタリアニズムでは足りない」はこのインタビューによります — Reason(英語)
  8. チャールズ・ジョンソン「Libertarianism Through Thick and Thin」(『The Freeman: Ideas on Liberty』Vol.58 No.6、2008年7・8月合併号)— 厚い/薄いの論争を広く知らしめた論考。ただし初出ではありません——同じ表題のシンポジウムが2005年12月にモリナリ協会で開かれています — FEE(英語)
  9. ブリンク・リンジー「Liberaltarians」(『The New Republic』オンライン版、2006年12月4日。日付はケイトー研究所の転載ページの注記によります) — Cato Institute(転載・英語)
  10. ジョナ・ゴールドバーグ「The Brink Lindsey Project」(Cato Unbound、2007年7月11日)— リベラルタリアン構想への批判 — Cato Unbound(英語)
  11. デイヴィッド・ゴードン「Libertarianism at the Brink」(Mises Wire、2017年5月16日)— オーストリア学派側からの批判 — Mises Institute(英語)
  12. ブリンク・リンジー、スティーブン・テレス「Why the Character of Governance Matters」(Cato Unbound、2018年1月10日)— 第6節の引用はここから。著書は『The Captured Economy』(オックスフォード大学出版局、2017年) — Cato Unbound(英語)
  13. イリヤ・ソミン「Uncapturing the Economy Requires Limiting Government」(Cato Unbound、2018年1月12日)— 上記への反論 — Cato Unbound(英語)
  14. マット・ズウォリンスキー「Bleeding Heart Libertarianism」(2011年3月3日、同名ブログの最初の記事。ブログは2020年6月に終了) — Bleeding Heart Libertarians(英語)
  15. パレオリバタリアニズムの詳細は当サイトの 保守と組むべきか、ロスバードその人については マレー・ロスバード

※ リンク先は各公開元のサイトです。所在は掲載時点のものです。

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