リバタリアン内部からの批判は、大きく五つに整理できます。ここでは批判する側の論拠を、できるだけ強い形で提示します。
批判①:為替規制の撤廃に時間がかかった
リバタリアン側から繰り返し出てきた批判の一つです。
通貨をどの価格で交換できるかに政府が介入し、外貨の購入や国外への移動を制限する為替管理は、オーストリア学派が強く批判してきた種類の介入です。ミーゼス自身も、政府が外貨取引を管理し、誰がどの条件で外貨を入手できるかを決める制度を批判しました。
ミレイを批判する側はこう言います。その介入を、リバタリアンを名乗る政権が就任後も維持し、「まず別の条件を整えてから」と撤廃を先送りする説明を繰り返した。それは結局、規制を維持するための言い訳ではなかったのか、と。
擁護する側はこう答えます。財政赤字や中央銀行のバランスシートの問題を処理しないまま一気に規制を外せば、為替市場が大きく混乱し、改革そのものへの支持を失いかねなかった。方向の問題ではなく、順序の問題だった、と。
実際、2025年4月には大きな自由化が行われ、個人に対する外貨購入の制限は撤廃されました。外貨の購入額や用途に関する制限がなくなり、証券市場を通じた取引への制限も撤廃されました。一方、法人などにはなお一部の為替規制が残っています。
したがって、この批判は少なくとも個人向け規制については、「撤廃しなかったこと」ではなく、「なぜ撤廃まで約1年4か月を要したのか」に向けられたものとして読む必要があります。
批判②:輸出への課税
輸出に課される税は、生産者の収入の一部を強制的に取り上げるものです。批判する側は、これを端的に収奪と呼びます。
とくに問題視されてきたのは、財政均衡を維持するため、輸出税の撤廃が後回しにされた点です。「小さな政府」を掲げながら、特定の産業への課税で財政の帳尻を合わせるのは、原理からの逸脱ではないかという指摘です。実際、政府自身も、輸出税の削減は「財政黒字が許す範囲で」進めるという方針を繰り返し示しています。
事実として何が起きたか
この批判を読むには、経緯を時系列で見る必要があります。以下は変動する経済指標ではなく、実際に行われた制度変更です。
就任時、大豆には33%、その加工品には31%、小麦とトウモロコシには12%の輸出税が課されていました。いずれも前政権から引き継いだ税率です。これら主要品目については、ミレイ政権も約13か月間、基本的にその税率を維持しました。2025年1月になって、大豆33%→26%、大豆加工品31%→24.5%、小麦・トウモロコシ12%→9.5%などの期限付き引き下げが始まります。
⚠ ここで、よくある誤解を一つ正しておきます。2023年12月に議会へ提出された「基盤法」の原案には、それまで輸出税が0%だった多くの品目を原則15%に引き上げる条項が含まれていました。地域産品にも影響する増税案です。ただし、一部品目には例外的な税率も設けられていました。その後、修正を経たうえで、2024年1月には財政に関する章そのものが撤回されました。この増税案は成立せず、実際に15%への引き上げが行われたわけではありません。
その後の主な変更は次のとおりです。
- 2024年8月 ― 乳製品・豚肉・一部の牛肉を0%へ。牛肉・鶏肉などその他の動物性たんぱく質も25%引き下げ。
- 2025年1月 ― 大豆・小麦・トウモロコシなど主要作物を期限付きで引き下げ。砂糖・米・タバコ・綿・林産品など地域産品を恒久的に0%へ。
- 2025年5月 ― 工業品4,411品目、全体の88%について輸出税を撤廃。
- 2025年7月1日 ― 一部の期限付き引き下げが終了し、大豆は33%に戻る。
- 2025年7月末 ― 恒久的な引き下げを実施。大豆26%、大豆加工品24.5%、牛肉・鶏肉5%などへ。
- 2025年9月 ― 穀物・大豆などを一時的に0%へ。ただし70億ドルの登録上限に達したため短期間で終了。食肉についても別の措置で10月31日まで一時的に0%となりました。
- 2025年12月 ― 恒久的に再び引き下げ。大豆24%、大豆加工品22.5%、小麦・大麦7.5%、トウモロコシ8.5%へ。
- 2026年6月 ― 小麦・大麦を5.5%へ。さらに、2027年から2028年にかけて大豆・トウモロコシ・ヒマワリなどを段階的に引き下げる日程を政令に盛り込みました。大豆は2027年に月0.25ポイント、2028年に月0.5ポイントずつ引き下げるなど、品目ごとに削減の頻度が異なります。
- 2026年7月 ― 一部の工業品を直ちに0%とし、残る対象についても段階的に引き下げ、2027年6月に工業品の輸出税を0%とする日程を設定。
2026年8月時点で、工業品の大半、地域産品、乳製品、豚肉などでは輸出税が撤廃されています。一方、大豆24%、大豆加工品22.5%、トウモロコシ8.5%、小麦5.5%、牛肉・鶏肉5%など、主要な農畜産品にはなお税が残っています。
この事実を、どう読むか
ここで論点は、「撤廃したか、しなかったか」という単純な二択ではなくなります。
批判する側は、こう指摘します。課税される品目の数は大きく減ったとしても、輸出税収の中心を担ってきた大豆など主要穀物には、なお高い税率が残っています。実際、2024年には主要6穀物だけで輸出税収全体の約80%を占めていました。
しかも、2026年に設定された削減スケジュールは現在の大統領任期を越えて2028年まで続き、それでも主要作物の輸出税がすべてゼロになるわけではありません。さらに政府自身が、削減を「財政黒字が許す範囲で」と位置づけています。批判する側から見れば、これは財産権の侵害を、財政事情の従属変数として扱っていることになります。2025年7月に大豆などの税率がいったん元へ戻ったことも、その危うさを示している、と。
擁護する側はこう答えます。就任から3年足らずで課税対象は大きく減り、地域産品、乳製品、豚肉、工業品の大半ではすでにゼロになった。主要農産物についても税率は実際に引き下げられ、さらに将来の削減日程まで政令に書き込まれている。「いつか下げる」という意向の表明ではなく、「いつ、どれだけ下げるか」を制度として残したのだ、と。
どちらの読み方を採るかは、「速度」と「方向」のどちらを重く見るかによって変わります。この対立は、中央銀行やドル化をめぐる論争と同じ形をしています。
批判③:国際通貨基金からの借入れ
国際機関からの融資を受けることは、どんな介入主義的な政権でもやることだ——これが批判の骨子です。
ミーゼスは『ヒューマン・アクション』で、政府がいう「国際通貨協力」を、各国が協調して信用膨張を行うための仕組みとして批判しました。また、IMFの成立経緯やその資金利用についても批判的に論じています。
ただし、そこから現在のIMF借入れをどう評価するかは、ミーゼス自身の記述ではなく、批判する側による現代への応用です。
実際、ミレイ政権は2025年4月、IMFとの間で200億ドルの48か月EFF(拡大信用供与措置)を締結しました。2026年5月までの累計実行額は約158億ドルに達しています。
批判する側から見れば、国家と中央銀行を国際的な公的金融機関から切り離すのではなく、その資金に依存して改革を進めたこと自体が、リバタリアンを掲げる政権として矛盾している、ということになります。
批判④:「カースト」を攻撃しながら、既成の政治家と組んだ
これは経済政策ではなく、政治的な一貫性についての批判です。
ミレイは選挙戦で、既成の政治階級を「カースト」と呼んで激しく攻撃しました。それは、既存の政治に対する不満を集めるうえで、彼の政治運動を象徴する言葉の一つでした。
しかし、実際に政権を運営する段階では、既成の政治や政権で経験を積んだ人物を数多く登用しています。たとえば、経済相のルイス・カプートはマクリ政権で財務相と中央銀行総裁を務めました。中央銀行総裁のサンティアゴ・バウシリも、同じマクリ政権で財務長官を務めています。
さらに、議会で法案を成立させるためには、PROなどの他党や州知事との協力も必要になりました。2026年6月には、PRO出身で長い政治経験を持つディエゴ・サンティリが官房長官に就任しています。
批判する側はこう問います。攻撃していた「既成政治」の人物や勢力と組むのであれば、選挙中の「カースト」批判をどう理解すべきなのか。思想的な区別だったのか、それとも政治的な動員のための言葉だったのか、という疑問です。
もちろん擁護する側からは、少数与党である以上、政策を実現するために他党や経験者と協力することと、「カースト」と呼んで批判した政治的特権の構造を支持することは別だ、という反論が可能です。実際、ミレイ政権は発足当初から議会で少数勢力であり、主要法案の成立には他党の協力が必要でした。
この批判は、パレオリバタリアニズム のページで見た論点とも重なります。政治的な動員のために敵を明確に名指しすれば、政権を担ったあと、その言葉によって生まれた期待と現実の政治との調整を迫られるという問題です。
批判⑤:漸進主義は先送りの理由にならないか
根本的な批判の一つがこれです。
ロスバード的な立場では、不正な制度は、本来ただちに廃止されるべきものです。ただしロスバードは、現実の政治で廃止までに段階を踏むこと自体を否定したわけではありません。「移行的要求(transitional demands)は不当か」という問いに対し、彼は「決してそうではない。そうでなければ、最終目標を達成する望みは現実には無くなってしまう」と答えています。ただし条件を二つ付けました。移行過程の目標として、常に自由という究極目的を掲げ続けること。そして、その目標に明示的にも暗黙にも矛盾する手段をとらないことです。
彼が警戒したのは、「いずれ廃止する」という最終目標そのものが後退し、漸進主義が現状維持の理由になってしまうことでした。ロスバードはこれを「理論における漸進主義は、実践における永続化である」と表現しています。
ミレイを批判する側も、そこを問題にします。「順序が大事だ」「まず条件を整える」という説明は、必要な移行過程なのか。それとも、いつまでも改革を先送りするための理由になっていないか。
批判する側の言い方を借りれば、漸進主義は、いつまでも漸進的でいられる——ということになります。
そこで批判する側が求めるのは、「いずれ廃止する」という意向の表明だけではありません。廃止や縮小へ向かう期限、法案、具体的な制度変更が確認できるかどうかです。
擁護する側はこう答えます。その基準で見るなら、実際に日付と文書がある、と。輸出税については、主要農産物の段階的な引き下げ日程が2028年まで政令に書き込まれています。為替規制については、2025年4月に個人向けの制限が撤廃されるなど大幅な自由化が実施されました。中央銀行についても、組織法の改正案が2026年7月に議会へ提出されています。単なる「意向の表明」ではなく、すでに実施された改革と、日付の入った制度変更がある、という反論です。
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