論点 · 応用編Ⅰ

ミレイは「本物のリバタリアン」か ― 公約と実際のあいだ

中央銀行の廃止とドル化を掲げて当選したミレイは、政権発足後、それらをどこまで進めたのか。その到達点をどう評価するかをめぐって、リバタリアンの内部でも意見が分かれています。

このページでは、批判する側と擁護する側、それぞれの論拠を並べたうえで、そもそも「本物のリバタリアンか」という問いを、どのように考えるべきなのかを検討します。

※ 政策と議会情勢は動きます。本ページでは、できる限り時点を明記して記述しています。最終更新:2026年8月18日

In Short

3つの要点

  • ミレイ自身は、「哲学的にはアナルコキャピタリスト、現実ではミナーキスト」と繰り返し述べています。つまり、哲学上の理想と、現実の政治で採る立場を本人が区別しています。
  • 「中央銀行を廃止する」ことと、「政治が通貨発行に手を出せないよう制度的に縛る」ことは、同じではありません。批判する側はこれを公約からの後退と見ます。一方、擁護する側は、財政ファイナンスを法律で禁止することで、将来の政権が元に戻しにくい制度をつくる改革だと評価します。中央銀行組織法の改革案は2026年7月30日に発表され、31日に下院へ提出。8月12日に委員会で多数派意見を得ましたが、8月時点では成立していません。
  • 「本物か」という問いは、どこに基準を置くかによって答えが変わります。方向と距離/手段の適合性/可逆性/負担の所在——この4つに分けて考えるほうが生産的です。この枠組みは、ミレイに限らず、理念を掲げて現実の政治を行う指導者を評価するときにも使えます。
目次
01

なぜこの問いが立つのか

2023年、リバタリアニズムとオーストリア学派を明示的に掲げる人物が、アルゼンチンの大統領に就任しました。

ハビエル・ミレイは、選挙戦でチェーンソーを掲げ、中央銀行の廃止とドル化を訴え、政治階級を「カースト」と呼んで攻撃しました。国家元首がミーゼス、ロスバード、ホッペ、ウエルタ・デ・ソトらの名を公の演説で繰り返し挙げること自体が、現代政治ではきわめて異例です。実際、2026年のダボス会議でも、ミーゼス、ハイエク、ロスバード、カーズナー、ホッペ、ウエルタ・デ・ソトらをオーストリア学派の系譜として名指ししています。

しかし、就任から時間が経つにつれ、リバタリアンの内部では次の問いが繰り返されるようになりました。

ミレイは「本物のリバタリアン」なのか。

この問いが立つ理由

この問いが出てくるのは、選挙前に掲げた理念や公約と、実際に行われている政策の間に距離があるからです。

  • 中央銀行は存続しています。現在進んでいるのは廃止ではなく、財政ファイナンスの禁止や政治からの独立性強化を柱とする組織法の改正です。
  • 経済のドル化は実施されず、政府は複数の通貨を利用できる「通貨の競争」を広げる方向へ進みました。
  • 為替・資本規制は、就任直後に一挙に撤廃されたわけではありません。段階的な緩和が進み、2025年4月には個人向けの為替規制が撤廃され、企業向けの規制も大幅に緩和されました。
  • 2025年には、国際通貨基金(IMF)との新たな200億ドル規模の融資枠が合意されました。4月に48か月のEFF(拡大信用供与措置)が承認され、120億ドルが直ちに支払われています。
  • 輸出への課税も、直ちに全面撤廃されたわけではありません。2024年8月から一部品目で撤廃・引下げが始まり、その後2025年以降も対象を広げながら段階的な削減が続いています。

いずれも、厳格なリバタリアンの基準からミレイ政権を評価する立場が、説明を求めてきた論点です。

このページで扱うこと、扱わないこと

先に断っておきます。

最新の経済指標を、このページで追い続けることはしません。数字は動きが速く、すぐに古くなってしまうからです。財政収支、物価、格付け、為替などの最新動向は、当サイトの記事や動画で継続的に扱っています。

このページで整理するのは、論争の構造です。批判する側は何を根拠にしているのか。擁護する側は何を根拠にしているのか。そして、そもそも「本物のリバタリアンか」という問いの立て方には、どのような難点があるのかを見ていきます。

もう一つ。このページの目的は、あらかじめ決めた結論へ読者を誘導することではありません。双方の論拠を示し、読者自身が判断するための材料を整理することです。

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02

本人は何と名乗っているのか

議論の出発点として、まず本人が自らの立場をどう説明しているかを確認しておきます。ここを飛ばすと、議論の半分が空回りします。

本人の自己規定

ミレイは繰り返し、自分の立場をこう説明してきました。

哲学的にはアナルコキャピタリスト、現実ではミナーキストである。

大統領就任後の2024年にも、ミレイは同じ自己規定を明言しています。

彼自身の説明によれば、ミナーキズム(最小国家主義)とは、現実の世界では国家の役割を治安と司法などに限定する立場です。一方、アナルコキャピタリズムについては、技術の進歩によって国家の機能をさらに縮小していき、理想的には国家そのものがなくなる状態として説明しています。

つまり、「哲学上の理想」と「現実の政治で当面とる立場」を、本人が明確に区別しています。

この自己規定が意味すること

この点は、議論の組み立てに大きく関わってきます。

この自己規定から分かるのは、ミレイが「無政府資本主義を一挙に実現する」と約束しているわけではないということです。したがって、少なくとも国家が存続しているという事実だけをもって、公約違反とは呼べません。

ただし、中央銀行の廃止やドル化のように、選挙戦で個別に掲げた公約は別に評価する必要があります。

ここを取り違えないことが重要です。「無政府資本主義を一挙に実現するとは約束していない」ことと、「中央銀行の廃止やドル化という個別の選挙公約をどこまで実行したか」は、まったく別の問題です。後者については、「現実ではミナーキストだから」という理由だけで評価の対象から外すことはできません。次節では、この個別公約のほうを検討します。

もう一点、批判する側からは、次のような見方もあります。「哲学的にはアナルコキャピタリストだ」という急進的な自己規定を維持することには、政治的な効果がある。急進的な支持者とのつながりを保ちながら、実際の政策ではより穏健に行動できるからだ、というものです。

ただし、それが本人の意図なのかどうかは、外から確かめることができません。政治的な効果として観察できることと、本人の動機として推測することは、区別しておく必要があります。

思想の系譜について、一点だけ

ミレイがしばしば用いる「インフレは常に、いかなる時も貨幣的現象である」という定式は、ミルトン・フリードマンを代表する有名な表現です。もちろん、貨幣や信用の膨張をインフレの中心的な問題として捉える考え方は、ミーゼスやロスバードにもあります。しかし、オーストリア学派の貨幣論を、この定式だけで表すことはできません。

これは揚げ足取りではありません。オーストリア学派が重視するのは、貨幣量と物価水準の関係だけではなく、新しい貨幣がどこから経済に入り、誰が先に受け取るのかという問題や、貨幣・信用の膨張が相対価格や所得配分にどのような影響を与えるのかという過程です。いわゆるカンティロン効果も、その一つです。

さらに、信用膨張によって金利が市場で形成される水準から押し下げられれば、投資判断に誤ったシグナルを送り、持続できない投資を生みうる——という景気循環論も、オーストリア学派の重要な特徴です。

思想の系譜を正確に扱うことと、政策を評価することは、別のことです。

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03

公約と実際 ― ドル化と中央銀行

では、二つの看板政策はどうなったのか。事実関係を整理します。

ドル化

2023年の大統領選の決選投票前の討論会で、ミレイは明確に「我々は経済をドル化する」と述べました。中央銀行の廃止と並んで、選挙戦を象徴する公約の一つでした。

ただし、ここには少し複雑な経緯があります。ミレイの選挙公約には、ドル化だけでなく「通貨の競争」という考え方も含まれていました。就任後は、政府がペソを一斉にドルへ置き換える正式なドル化よりも、この通貨競争と「内生的ドル化」を前面に出すようになります。

  1. 通貨の競争とは、ドルを含む複数の通貨を契約や取引に使えるようにし、人々自身がどの通貨を使うかを選ぶという考え方です。
  2. 内生的ドル化とは、政府がある日ペソを廃止してドルへ切り替えるのではなく、ペソの供給を抑える一方で通貨の競争を認めることで、経済主体が自発的にドルを使う比重を高めていくという構想です。ミレイは2024年以降、この仕組みを繰り返し説明しています。

一方で、ミレイは2024年4月のインタビューで、当初検討していた正式なドル化案について「完璧に機能したはずだ」という趣旨を述べながら、実行しなかった理由として政治的・法的なリスクを挙げました。

さらに同年の『TIME』誌のインタビューでは、「ドル化というのは付けられた名前であり、我々はずっと通貨競争について話してきた」という趣旨の説明もしています。しかし、記者からは選挙戦では実際にドル化という言葉を使っていたと指摘されています。実際、2023年の討論会でミレイ自身が「経済をドル化する」と明言していたことは確認できます。

したがって、選挙戦で明示的に掲げた「ドル化」と、就任後に前面に出した「通貨の競争」「内生的ドル化」は、同じものではありません。ただし、通貨競争そのものは選挙前から構想に含まれていたため、「就任後にまったく別の政策へ転換した」と単純に整理するのも正確ではありません。

この違いをどう評価するかで、批判する側と擁護する側の見方は分かれます。

批判する側は、明示的なドル化公約を後から言い換えていると見ます。一方、擁護する側は、ドル化そのものを目的とするのではなく、政府が通貨を独占できない制度をつくることが本来の目的であり、そのための手段を現実に合わせて変更したのだと評価します。

ただし事実として、選挙戦での「経済をドル化する」という明示的な発言と、就任後の「我々はずっと通貨競争について話してきた」という説明の間には、少なくとも言葉の上で明らかな緊張があります。

アルゼンチンのファクトチェック機関チェケアード(Chequeado)は、この公約を継続的に追跡しています。2025年12月時点の判定は「進行中・遅延」です。これは、公約の実現に必要な措置はほとんど、または少ししか進んでいないが、残りの任期中になお実現する可能性がある、という区分です。チェケアードは、2024年には内生的ドル化が進んだとして一時「進行中・前倒し」と評価していましたが、2025年にはペソ流通量の増加やドル流入の減少によって、その動きが停滞したとしています。

中央銀行

もう一つの看板政策が、中央銀行の廃止でした。

こちらも、現時点で廃止は行われていません。実際に進んでいるのは、中央銀行の組織法(憲章)そのものを改正するという方向です。2026年7月に提出された改革案の主な内容は、次のとおりです。

  • 使命の一本化——中央銀行の第一の使命を「通貨価値の維持」とする。
  • 財政ファイナンスの禁止——国だけでなく、州・自治体を含む公的部門への金融的な資金供給を禁止し、国債を発行市場で購入することも禁じる。
  • 総裁・理事の罷免要件の厳格化——罷免には、上院だけでなく下院でも3分の2の承認を必要とし、政治的な圧力による交代を難しくする。

政府は2026年7月30日、全国中継の演説でこの改正案の議会送付を正式に発表し、翌31日に下院へ提出しました。8月12日には下院の委員会で多数派意見を獲得しましたが、8月時点ではまだ成立していません。与党は上下両院とも単独過半数を持たないため、成立には他会派の協力が必要です。

一方で、実行されたものもある

公平のために、実行されたことも確認しておきます。批判する側が挙げるのは「やらなかったこと」の一覧ですが、それだけを並べれば像は歪みます。

就任直後の大統領令と、その後の法律によって、広範な規制撤廃と省庁の統廃合が実際に行われました。賃貸法の廃止、労働規制の改正、さまざまな価格・事業規制や許認可の撤廃・簡素化などが進められています。政府の集計では、2026年7月までに719件の規制緩和措置が実施され、2,803件の規則が改廃されています。

財政についても、大幅な歳出削減を進め、2024年に通年の財政黒字へ転換しました。2025年も金融収支は黒字となり、2年連続の黒字となっています。

これらは、演説で掲げただけの構想ではなく、実際に制度や財政の数字を変えたものです。「言っただけ」と「やった」を分けるなら、この部分は後者に入ります。

個別の内容は ミレイとアルゼンチン の第3節にまとめています。

この二つをどう読むか

ここに、この論争の核心があります。

「中央銀行を廃止する」ことと、「中央銀行を残したまま、政治の都合で通貨を発行できないよう法律で縛る」ことは、同じではありません。前者は制度そのものをなくすこと、後者は制度の存続を前提として、その権限を制約することです。

批判する側は、これを公約からの後退と見ます。廃止すると言っていた中央銀行を残すのだから、という評価です。

一方、擁護する側は、これを理想を放棄したのではなく、手段を変えた改革と見ます。中央銀行をただ廃止するのではなく、財政ファイナンスの禁止などを法律に書き込み、政治が通貨に介入できる余地そのものを狭めるほうが、現実の政治制度のなかでは持続しやすい、という考え方です。2026年7月に提出された改革案も、中央銀行を存続させたまま、その目的や財政との関係を法律で制約する内容になっています。

ただし、法律による制約も、将来の法改正によって変更される可能性があります。したがって、「廃止するほうが元に戻りにくいのか、法律で厳しく縛るほうが持続するのか」は、制度の形式だけでは決まりません。

現時点で確認できるのは、ミレイ政権が「中央銀行の廃止」ではなく、「中央銀行を残したうえで権限を厳しく制約する」という道を選んでいることです。これを公約からの後退と見るか、同じ目的に向かう手段の変更と見るか——そこに、この論争の核心があります。

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04

批判の側の論拠

リバタリアン内部からの批判は、大きく五つに整理できます。ここでは批判する側の論拠を、できるだけ強い形で提示します。

批判①:為替規制の撤廃に時間がかかった

リバタリアン側から繰り返し出てきた批判の一つです。

通貨をどの価格で交換できるかに政府が介入し、外貨の購入や国外への移動を制限する為替管理は、オーストリア学派が強く批判してきた種類の介入です。ミーゼス自身も、政府が外貨取引を管理し、誰がどの条件で外貨を入手できるかを決める制度を批判しました。

ミレイを批判する側はこう言います。その介入を、リバタリアンを名乗る政権が就任後も維持し、「まず別の条件を整えてから」と撤廃を先送りする説明を繰り返した。それは結局、規制を維持するための言い訳ではなかったのか、と。

擁護する側はこう答えます。財政赤字や中央銀行のバランスシートの問題を処理しないまま一気に規制を外せば、為替市場が大きく混乱し、改革そのものへの支持を失いかねなかった。方向の問題ではなく、順序の問題だった、と。

実際、2025年4月には大きな自由化が行われ、個人に対する外貨購入の制限は撤廃されました。外貨の購入額や用途に関する制限がなくなり、証券市場を通じた取引への制限も撤廃されました。一方、法人などにはなお一部の為替規制が残っています。

したがって、この批判は少なくとも個人向け規制については、「撤廃しなかったこと」ではなく、「なぜ撤廃まで約1年4か月を要したのか」に向けられたものとして読む必要があります。

批判②:輸出への課税

輸出に課される税は、生産者の収入の一部を強制的に取り上げるものです。批判する側は、これを端的に収奪と呼びます。

とくに問題視されてきたのは、財政均衡を維持するため、輸出税の撤廃が後回しにされた点です。「小さな政府」を掲げながら、特定の産業への課税で財政の帳尻を合わせるのは、原理からの逸脱ではないかという指摘です。実際、政府自身も、輸出税の削減は「財政黒字が許す範囲で」進めるという方針を繰り返し示しています。

事実として何が起きたか

この批判を読むには、経緯を時系列で見る必要があります。以下は変動する経済指標ではなく、実際に行われた制度変更です。

就任時、大豆には33%、その加工品には31%、小麦とトウモロコシには12%の輸出税が課されていました。いずれも前政権から引き継いだ税率です。これら主要品目については、ミレイ政権も約13か月間、基本的にその税率を維持しました。2025年1月になって、大豆33%→26%、大豆加工品31%→24.5%、小麦・トウモロコシ12%→9.5%などの期限付き引き下げが始まります。

⚠ ここで、よくある誤解を一つ正しておきます。2023年12月に議会へ提出された「基盤法」の原案には、それまで輸出税が0%だった多くの品目を原則15%に引き上げる条項が含まれていました。地域産品にも影響する増税案です。ただし、一部品目には例外的な税率も設けられていました。その後、修正を経たうえで、2024年1月には財政に関する章そのものが撤回されました。この増税案は成立せず、実際に15%への引き上げが行われたわけではありません。

その後の主な変更は次のとおりです。

  • 2024年8月 ― 乳製品・豚肉・一部の牛肉を0%へ。牛肉・鶏肉などその他の動物性たんぱく質も25%引き下げ。
  • 2025年1月 ― 大豆・小麦・トウモロコシなど主要作物を期限付きで引き下げ。砂糖・米・タバコ・綿・林産品など地域産品を恒久的に0%へ
  • 2025年5月 ― 工業品4,411品目、全体の88%について輸出税を撤廃。
  • 2025年7月1日 ― 一部の期限付き引き下げが終了し、大豆は33%に戻る
  • 2025年7月末 ― 恒久的な引き下げを実施。大豆26%、大豆加工品24.5%、牛肉・鶏肉5%などへ。
  • 2025年9月 ― 穀物・大豆などを一時的に0%へ。ただし70億ドルの登録上限に達したため短期間で終了。食肉についても別の措置で10月31日まで一時的に0%となりました。
  • 2025年12月 ― 恒久的に再び引き下げ。大豆24%、大豆加工品22.5%、小麦・大麦7.5%、トウモロコシ8.5%へ。
  • 2026年6月 ― 小麦・大麦を5.5%へ。さらに、2027年から2028年にかけて大豆・トウモロコシ・ヒマワリなどを段階的に引き下げる日程を政令に盛り込みました。大豆は2027年に月0.25ポイント、2028年に月0.5ポイントずつ引き下げるなど、品目ごとに削減の頻度が異なります。
  • 2026年7月 ― 一部の工業品を直ちに0%とし、残る対象についても段階的に引き下げ、2027年6月に工業品の輸出税を0%とする日程を設定。

2026年8月時点で、工業品の大半、地域産品、乳製品、豚肉などでは輸出税が撤廃されています。一方、大豆24%、大豆加工品22.5%、トウモロコシ8.5%、小麦5.5%、牛肉・鶏肉5%など、主要な農畜産品にはなお税が残っています。

この事実を、どう読むか

ここで論点は、「撤廃したか、しなかったか」という単純な二択ではなくなります。

批判する側は、こう指摘します。課税される品目の数は大きく減ったとしても、輸出税収の中心を担ってきた大豆など主要穀物には、なお高い税率が残っています。実際、2024年には主要6穀物だけで輸出税収全体の約80%を占めていました。

しかも、2026年に設定された削減スケジュールは現在の大統領任期を越えて2028年まで続き、それでも主要作物の輸出税がすべてゼロになるわけではありません。さらに政府自身が、削減を「財政黒字が許す範囲で」と位置づけています。批判する側から見れば、これは財産権の侵害を、財政事情の従属変数として扱っていることになります。2025年7月に大豆などの税率がいったん元へ戻ったことも、その危うさを示している、と。

擁護する側はこう答えます。就任から3年足らずで課税対象は大きく減り、地域産品、乳製品、豚肉、工業品の大半ではすでにゼロになった。主要農産物についても税率は実際に引き下げられ、さらに将来の削減日程まで政令に書き込まれている。「いつか下げる」という意向の表明ではなく、「いつ、どれだけ下げるか」を制度として残したのだ、と。

どちらの読み方を採るかは、「速度」と「方向」のどちらを重く見るかによって変わります。この対立は、中央銀行やドル化をめぐる論争と同じ形をしています。

批判③:国際通貨基金からの借入れ

国際機関からの融資を受けることは、どんな介入主義的な政権でもやることだ——これが批判の骨子です。

ミーゼスは『ヒューマン・アクション』で、政府がいう「国際通貨協力」を、各国が協調して信用膨張を行うための仕組みとして批判しました。また、IMFの成立経緯やその資金利用についても批判的に論じています。

ただし、そこから現在のIMF借入れをどう評価するかは、ミーゼス自身の記述ではなく、批判する側による現代への応用です。

実際、ミレイ政権は2025年4月、IMFとの間で200億ドルの48か月EFF(拡大信用供与措置)を締結しました。2026年5月までの累計実行額は約158億ドルに達しています。

批判する側から見れば、国家と中央銀行を国際的な公的金融機関から切り離すのではなく、その資金に依存して改革を進めたこと自体が、リバタリアンを掲げる政権として矛盾している、ということになります。

批判④:「カースト」を攻撃しながら、既成の政治家と組んだ

これは経済政策ではなく、政治的な一貫性についての批判です。

ミレイは選挙戦で、既成の政治階級を「カースト」と呼んで激しく攻撃しました。それは、既存の政治に対する不満を集めるうえで、彼の政治運動を象徴する言葉の一つでした。

しかし、実際に政権を運営する段階では、既成の政治や政権で経験を積んだ人物を数多く登用しています。たとえば、経済相のルイス・カプートはマクリ政権で財務相と中央銀行総裁を務めました。中央銀行総裁のサンティアゴ・バウシリも、同じマクリ政権で財務長官を務めています。

さらに、議会で法案を成立させるためには、PROなどの他党や州知事との協力も必要になりました。2026年6月には、PRO出身で長い政治経験を持つディエゴ・サンティリが官房長官に就任しています。

批判する側はこう問います。攻撃していた「既成政治」の人物や勢力と組むのであれば、選挙中の「カースト」批判をどう理解すべきなのか。思想的な区別だったのか、それとも政治的な動員のための言葉だったのか、という疑問です。

もちろん擁護する側からは、少数与党である以上、政策を実現するために他党や経験者と協力することと、「カースト」と呼んで批判した政治的特権の構造を支持することは別だ、という反論が可能です。実際、ミレイ政権は発足当初から議会で少数勢力であり、主要法案の成立には他党の協力が必要でした。

この批判は、パレオリバタリアニズム のページで見た論点とも重なります。政治的な動員のために敵を明確に名指しすれば、政権を担ったあと、その言葉によって生まれた期待と現実の政治との調整を迫られるという問題です。

批判⑤:漸進主義は先送りの理由にならないか

根本的な批判の一つがこれです。

ロスバード的な立場では、不正な制度は、本来ただちに廃止されるべきものです。ただしロスバードは、現実の政治で廃止までに段階を踏むこと自体を否定したわけではありません。「移行的要求(transitional demands)は不当か」という問いに対し、彼は「決してそうではない。そうでなければ、最終目標を達成する望みは現実には無くなってしまう」と答えています。ただし条件を二つ付けました。移行過程の目標として、常に自由という究極目的を掲げ続けること。そして、その目標に明示的にも暗黙にも矛盾する手段をとらないことです。

彼が警戒したのは、「いずれ廃止する」という最終目標そのものが後退し、漸進主義が現状維持の理由になってしまうことでした。ロスバードはこれを「理論における漸進主義は、実践における永続化である」と表現しています。

ミレイを批判する側も、そこを問題にします。「順序が大事だ」「まず条件を整える」という説明は、必要な移行過程なのか。それとも、いつまでも改革を先送りするための理由になっていないか。

批判する側の言い方を借りれば、漸進主義は、いつまでも漸進的でいられる——ということになります。

そこで批判する側が求めるのは、「いずれ廃止する」という意向の表明だけではありません。廃止や縮小へ向かう期限、法案、具体的な制度変更が確認できるかどうかです。

擁護する側はこう答えます。その基準で見るなら、実際に日付と文書がある、と。輸出税については、主要農産物の段階的な引き下げ日程が2028年まで政令に書き込まれています。為替規制については、2025年4月に個人向けの制限が撤廃されるなど大幅な自由化が実施されました。中央銀行についても、組織法の改正案が2026年7月に議会へ提出されています。単なる「意向の表明」ではなく、すでに実施された改革と、日付の入った制度変更がある、という反論です。

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05

擁護の側の論拠

次に、擁護する側の論拠です。こちらもできるだけ強い形で示します。

擁護①:順序を誤ると、改革そのものが失敗する

擁護側の中心的な反論です。

財政赤字や中央銀行のバランスシートの問題を残したまま為替規制を一気に撤廃すれば、通貨の急落や物価上昇を招き、改革そのものへの支持を失う危険がありました。そうなれば、次の選挙で改革路線そのものが覆され、それまでの改革まで元に戻されかねません。

この立場から見れば、財政均衡を先に確立し、中央銀行の問題を処理したうえで規制を外していく順序は、原理の放棄ではなく、原理を実現するための移行戦略です。

ここで重要なのは、「何が望ましいか」と「そこへどう到達するか」を区別することです。自由主義的な制度を最終目標として支持することと、すべてを初日に実施することは同じではありません。移行の途中で改革そのものを崩壊させれば、原理的に正しい政策であっても実現できません。

擁護する側は、実際の経過がこの見方を強く裏づけていると考えます。ミレイ政権はまず財政を黒字化し、中央銀行の問題を処理したうえで、2025年4月に為替制度を大幅に自由化しました。少なくとも、自由化によってただちに制御不能な通貨危機が起きたわけではありません。

「遅かった」のではなく、「外せる状態をつくってから外した」。

擁護②:政治的な制約は現実に存在する

ミレイの政党は、2025年の中間選挙で大きく議席を増やしました。それでも、2026年8月現在、上下両院のどちらでも単独過半数を持っていません。下院では257議席中95議席、上院では72議席中21議席です。法律を成立させるには、現在も他会派の協力が必要です。

しかも、この制約は政権発足当初にはさらに大きなものでした。ミレイは大統領に当選しても、議会を自由に動かせる多数派を同時に手に入れたわけではありません。実際、政権前半には法案が議会で頓挫し、大統領拒否権が覆される場面もありました。2025年の中間選挙によって議会基盤は大幅に強化されましたが、それでも法案成立には他勢力との協力が必要です。

大統領令でできることにも限界があり、議会や司法による制約を受けます。州知事や他党との交渉も避けられません。

したがって擁護する側は、「やらなかった」と「やろうとしても、その時点では政治的に実現できなかった」を区別すべきだと主張します。大統領に就任したからといって、公約を一人で法律にできるわけではない、と。

もっとも、これには再反論があります。制約があることと、その制約を理由に公約そのものの説明を変えることは別です。できなかったのであれば、「できなかった」と説明すればよい。ドル化のような公約を後から別の言葉で説明し直す必要はない、という批判です。

擁護③:比較の相手は、理想だけではない

三つ目は、評価の基準そのものについての反論です。

理想的なリバタリアン社会を基準にすれば、ミレイ政権にはいくらでも批判できる点があります。中央銀行は残り、税金も残り、政府も残っています。

しかし擁護する側は、こう問い返します。比較すべきなのは、理念上の理想だけなのか。それとも、当時現実にありえた政治的な選択肢との比較も必要なのか。

ミレイが大統領にならなかった場合、アルゼンチンが無政府資本主義や最小国家へ移行したわけではありません。比較すべき現実の選択肢は、それまで続いてきた大きな政府、財政赤字、規制、通貨への政治介入を中心とする体制でした。

その現実と比べたとき、問うべきなのは、国家の規模と裁量がどちらへ動いたのかです。税や規制は増えたのか減ったのか。政府支出は増えたのか減ったのか。民間に許される選択肢は増えたのか減ったのか。

擁護する側から見れば、ここにミレイ評価の核心があります。「理想からどれだけ離れているか」だけを見るのではなく、「出発点からどちらへ、どれだけ動かしたか」を見るべきだ、という主張です。

この論法は、無政府資本主義をめぐる論争でも現れます(最小国家か、無政府資本主義か の第5節を参照)。現実に存在する制度を評価するとき、存在しない理想制度だけを比較対象にするのではなく、現実にありうる代替案と比べる必要があるという考え方です。

擁護④:言論の地平が動いた

四つ目は、政策そのものから離れた論拠です。

擁護する側が重く見るのは、アルゼンチンの主流政治の場で、中央銀行の廃止や省庁の大幅削減といった主張が、大統領選挙の争点として正面から掲げられたこと自体です。少なくとも、それまで主要な政治勢力がこうした政策をここまで前面に押し出すことはありませんでした。2023年のラ・リベルタ・アバンサの選挙綱領にも、中央銀行の廃止、通貨競争、為替規制の即時撤廃などが明記されています。

擁護する側は、ミレイの大きな効果の一つがここにあると考えます。それまで「現実にはできない」とされていた政策が、実際に選挙で争われ、政権の政策課題になった。「何を政治的に語れるか」の範囲そのものが動いた、という評価です。

語れる範囲が動いたこと自体が、政治的な変化である。

当研究所が翻訳・編集したフィリップ・バグス『ミレイ現象』は、まさにこの「文化の戦い」を主題としています。

ただし、この論拠には注意も必要です。言論の地平が動くことは、動いた先が望ましいことまで保証しません。政治的な禁忌を壊す力は、自由を広げる方向にも、逆の方向にも働きえます。この点は パレオリバタリアニズム のページで扱った、政治的動員の副作用の問題とも重なります。

擁護⑤:制度を変えたことの重み

最後に、擁護する側が特に重く見る点です。

政治家の演説や方針は、その政治家がいなくなれば簡単に消えてしまいます。しかし、法律や制度そのものを変えれば、次の政権は「方針を変える」だけでは元に戻せません。

仮に中央銀行組織法の改正案が成立し、財政赤字を通貨発行で埋めることの禁止や、総裁・理事の罷免要件の厳格化が法律に書き込まれれば、次の政権がそれを撤回するには、あらためて議会を通じて法律を変更する必要があります。政府は2026年7月30日に改革案を発表し、31日に下院へ提出しています。

繰り返しになりますが、2026年8月時点で、この改正案はまだ成立していません。したがって、中央銀行についての擁護論は、「すでに制度を変えた」という実績ではなく、「成立すれば、中央銀行に対する政治の裁量を法律によって制約できる」という条件つきの評価です。

一方、ほかの分野では、すでに制度変更が積み重なっています。規制撤廃については、政府集計で2026年7月までに719件の規制緩和措置が実施され、2,803件の規則が改廃されています。輸出税についても、2028年まで続く段階的な引き下げ日程が大統領令に書き込まれました。

ただし、すべての制度変更が同じ強さで固定されたわけではありません。法律を変えたもの、大統領令で定めたもの、行政規則で変更したものでは、将来の政権が元に戻すために必要な手続きも異なります。大統領令や中央銀行の規則による改革は、法律による改革より変更しやすい場合があります。

それでも擁護する側が重視するのは、「こうしたい」と演説しただけではなく、実際に法令を書き換え、行政組織を変え、規制を廃止し、将来の日程まで制度の中に書き込んだという事実です。

改革の本気度は、演説ではなく、どこまで制度に刻み込んだかで測るべきです。演説なら次の日に撤回できます。しかし、法律や制度を変えれば、元に戻す側にも政治的なコストがかかります。これが擁護する側の主張です。

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06

「本物か」という問いを、どう置き換えるか

ここまで両側の論拠を並べてきました。しかし率直に言えば、「本物のリバタリアンか」という問いの立て方そのものに、難点があります。

純度を測る問いの構造

この問いには、どこに基準を置くかによって、答えが大きく変わってしまうという問題があります。

無政府資本主義を基準に置けば、国家権力を行使する大統領は誰も基準を満たしません。徴税された資金で運営される国家の元首という立場そのものが、無政府資本主義の理想と緊張するからです。

逆に基準を大きく緩めれば、「小さな政府を支持する」と名乗るだけで、かなり多くの政治家がリバタリアンに含まれてしまいます。

つまり、「本物か」という問いは、基準の置き方が答えを大きく左右します。そしてその基準は、しばしば評価する人が出したい答えに合わせて選ばれます。

置き換えるべき四つの問い

より生産的なのは、次の四つの問いに分解することです。これらはミレイに限らず、どんな政治指導者を評価するときにも使えます。

問い何を見るか
① 方向と距離どちらの方向へ、どれだけ動いたか。前政権と比べて、国家の規模と裁量は拡大したか縮小したか
② 手段の適合性目的を達成するために、原理と矛盾する手段を使ったか。使ったなら、それは一時的な措置として明示されているか
③ 可逆性実現した変更は、次の政権が容易に元へ戻せるものか、それとも戻しにくいものか
④ 負担の所在改革の過程で生じた負担を、誰が負ったか。その負担は事前に説明されていたか

②は、このシリーズの別の論点ともつながります。パレオリバタリアニズム で現れた問い——目的のために原理と緊張する手段を採れば、その手段自体が後の評価対象になる——は、現在進行形の政権にも当てはめられます。

もう一つ、答えの出し方について

この種の評価では、成果を単純な「勝利」や「敗北」として一括りにしないことも重要です。

たとえば、財産権を強化する法律が成立したとします。同時に、その法律から市場開放にあたる条項が審議の過程で削られたとします。この場合、「財産権の前進」と「市場開放の後退」は別々に評価すべきであって、片方だけを取り出して勝敗を語るべきではありません。

都合のよい部分だけを並べることは、支持することとは違います。そして、批判する側も同じ規律を負っています。

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07

日本から見るときの注意

最後に、日本からこの論争を見るときに注意すべき点を挙げます。

制度も条件も大きく違う

アルゼンチンは、長年にわたって高インフレや通貨危機を繰り返してきた国です。中央銀行による政府への資金供給と通貨発行が財政と結びついてきた歴史があり、国民の間には、資産や貯蓄をドルで保有する慣行も広く根づいています。アルゼンチン中央銀行自身も、同国での通貨代替・ドル化が20世紀半ばから続く現象として研究しています。

日本の状況は大きく異なります。「アルゼンチンでこう機能したから、日本でも同じようにすればよい」という推論は、そのままでは成り立ちません。

それでも共通する問いはある

制度が違っても、共通して考えられる問いはあります。

  • 政治が通貨発行に手を出せる構造を、どこで断つのか。アルゼンチンでは現在、中央銀行による公的部門への資金供給を法律で禁止する改革が提案されています。日本では政府が日銀に国債を直接引き受けさせることは原則禁止されていますが、日銀による市場からの大量の国債買入れと政府債務との関係は、別の制度上の論点です。
  • 省庁や規制を実際に減らすとは、どういう作業か。ミレイ政権が大統領令と立法の両方を使って規制撤廃や行政組織の再編を進めた事例は、行政の簡素化を考えるうえで一つの参照点になります。基盤法も、行政組織や公的機関の再編について政府に一定の権限を与えました。
  • 公約と実行の距離を、どう評価するか。これはミレイに限らず、あらゆる政治的な主張に向けられる問いです。

代理戦争にしない

もう一つ、実務的な注意があります。

外国の指導者への評価は、しばしば自国の政治的な論争の代理として行われます。国内で対立している相手が称賛しているから批判する。あるいは、その逆。これをやると、事実の検討が党派的な符号に置き換わってしまいます。

遠い国の政権を評価するときこそ、事実と評価を分けて扱う。

数字は動きます。法案は成立することもあれば、廃案になることもあります。ある時点での判断は、その時点で確認できる事実にもとづくものであり、事実が変われば、評価も更新されるべきです。

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08

日本語で読む

ミレイについて日本語で読める本は、まだそう多くありません。

  • ニコラス・マルケス、マルセロ・ドゥクロス『ミレイと自由主義革命』(自由主義研究所 編、2025年)— ミレイを扱う書籍として、日本で初めて翻訳出版された一冊。選挙戦と政策を追うルポルタージュに、自由主義思想の解説を織り込んだ構成です。
  • フィリップ・バグス『ミレイ現象』(自由主義研究所 編、2025年)— 「文化の戦い」とパレオリバタリアニズムの分析書。ミレイ本人による序文も収録されています。本ページで扱った論点と パレオリバタリアニズム の論点が、文献の上でも接続していることが分かる一冊です。
  • ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス『自由への決断』(村田稔雄 訳)— 1959年にブエノスアイレスで行われた6つの講義をもとにした一冊。ミレイが受け継いだ自由主義思想の源流を、日本語でたどることができます。

最新の動きを追う

このページは、最新の経済指標を追うのではなく、論争の構造を整理することを目的としています。判断の前提となる制度変更については2026年8月時点まで確認していますが、政策や議会情勢は今後も変わります。

アルゼンチンの一次資料にもとづく最新の解説は ミレイとアルゼンチン に、記事と動画は 記事動画 にまとめています。書籍は 出版書籍 からご覧いただけます。

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References

出典・参考リンク

  1. チェケアード(Chequeado、アルゼンチンのファクトチェック機関)による公約「経済をドル化する」の追跡。2025年12月時点の判定は「進行中・遅延」。同機関はこの区分を、公約の実現に必要な措置はほとんど、または少ししか進んでいないが、残りの任期中になお実現しうる状態、と定義しています — Chequeado(スペイン語)
  2. ミレイの自己規定(「哲学的にはアナルコキャピタリスト、現実ではミナーキスト」)は、本人が複数の場で繰り返し述べているもの。大統領就任後の2024年にも同じ自己規定を明言している
  3. アルゼンチン政府による中央銀行組織法(カルタ・オルガニカ)改正案の議会送付の公式発表(2026年7月30日、全国中継での大統領演説) — Argentina.gob.ar(スペイン語)
  4. 改正案の内容として本ページに挙げた項目(使命の一本化・財政ファイナンスの禁止・総裁および理事の罷免要件の厳格化)は、政府の公式説明および国会提出資料にもとづく。2026年8月12日に下院の委員会で多数派意見を得たが、成立していない段階の法案であり、今後変わりうる
  5. 輸出税(derechos de exportación)の推移(批判②)は、アルゼンチン官報(Boletín Oficial)掲載の大統領令および大統領府の公式発表により確認しました。主なものは Decreto 697/2024、38/2025、305/2025、439/2025、526/2025、682/2025・685/2025、877/2025、423/2026、566/2026 です。2023年12月に提出された「基盤法」原案の輸出税引き上げ条項が2024年1月に撤回され、成立しなかったことも同様に確認しています。税率は関税番号ごとに幅がある場合があります — Boletín Oficial(スペイン語)
  6. ミレイ政権の概要と背景は当サイトの ミレイとアルゼンチン
  7. 評価の枠組みについては当サイトの 最小国家か、無政府資本主義か および パレオリバタリアニズム

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